創業者
取締役会長 内海 勝統
JINTECは、大学生名簿の販売とテレマーケティングの企業として創業されました。業務内容は非常に単純でしたが、当時としてはニッチをついた巧妙なもの。一言で言うと、新卒採用時に大学生を対象に実施する会社説明会への動員を企業に代わって行うという業務でした。
当時、各企業の人事担当者は学生名簿をもとに電話で自社の会社説明会への参加を促進していましたが、就職活動中の大学生は夜遅く帰宅するため、人事担当者は残業続き。つまり、企業側の就業時間と大学生の在宅時間の大きなズレにビジネスニッチがあったのです。
会社説明会への参加を促進するビジネスに対する需要は順調に伸びていきましたが、障害も徐々に拡大。さまざまな学生名簿を使うようになった結果、名簿の精度が極端に低下し電話がつながらなくなったのです。それとともに名簿をもとに送付していた企業の会社案内も宛先不明で不着になるものが急増し、大きなクレームが寄せられるようになりました。
この危機的状況を回避するには、名簿掲載の全学生に対する電話連絡、往復ハガキ送付などで名簿の精度を上げる必要がありましたが、それには莫大なコストと時間が必要でした。このとき、ふと思いついたのです。「電話が正常につながればおそらく住所は変わっていない。しかし、電話がつながらなくなっていたら引越しの可能性が高いのではないか」と。
この仮説を検証するため、実験が行われました。人海戦術で実際に電話をかけ、呼出音が鳴れば電話はつながるということで「有効」、呼出音がなく「この番号は使われておりません」というメッセージが流れた場合は「無効」と判断して、分類。そして「有効」分にだけ郵便を送ったところ、宛先不明で届かない郵便が激減したのです。しかも、通話しないので電話料金は不要でした。
この仕組みは相手との対話が不要なため、すべてコンピューター化できるはずです。さらには、数百倍の高速処理にすれば、交換機が相手の電話の呼出音を鳴らす間もなく電話の状態を確認できるはずだとも考えられました。こうした考察の結果、平成5年、電話の利用者に迷惑がかからず低コストで電話の状態を確認できるアイデアが固まったのです。このアイデアからTACSのプロトタイプが完成し、現在ではすでに第五世代のTACSエンジンにまで進化してきました。
TACSが飛躍したタイミングは、いつも規制緩和や法律改正などの動きと絡んでいました。最初は、平成6年の郵便費用の大幅値上げという法改正。これによって大打撃を受けたカタログ通信販売会社の「届かないと判っているところには送りたくない」というニーズに応えたことで、TACSはシェアを拡大しました。また、平成6年頃から始まった携帯電話の規制緩和で携帯電話端末の安売りが広まると、「不正契約の防止」を望むニーズが発生。これにも応えたことで、TACSは飛躍的な成長を遂げたのです。
その後、金融ビッグバンや金融庁の誕生、個人情報保護法の施行など、顧客データの重要性が高まるたびにTACSがシェアを拡大したことは言うまでもありません。
社内の不便を解消するために生み出され、結果的には他企業の不便を解消する効果的なツールにまで成長したTACS。JINTECはこのプロセスを教訓とし、「常に顧客の視線によって、そこにある“不便”を解決することに集中する」という姿勢でサービスを提供しています。