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第5回:個客一人ひとりに合わせた商品

中川郁夫 コラム

<はじめに>

筆者の足は少々横幅が広い。自分の足幅に合う靴を探すのも難儀である。先日も、靴を新調して気分良く仕事に出かけたが、家に帰るころにはすっかり足が痛くなってしまった。

足の形は人によってだいぶ違うらしい。足の長さや幅だけではなく、踵の幅や、甲の高さまで千差万別だとか。なるほど。これまで「26cmで少し横幅が広め」くらいしか考えたことがなかったが、考えが浅かったらしい (笑)

靴選びは難しい。店頭で試し履きしても合わないのだから、靴がネットで買えるのはずっと先か、と考えていたが、、、

ここにも「匿名経済から顕名経済へのシフト」を考えるヒントがある。これまで紹介してきた通り、「個客」を特定し、一人ひとりに紐づく情報を参照できることが「顕名取引」の特徴である。ということは、私の足のサイズや形の情報を参照することで、私に合った靴をネットで買うこともできるのではないだろうか。

<ZOZOSUITの衝撃>

2017年11月、株式会社スタートトゥデイ (2018年10月に株式会社ZOZOに社名変更) が “ZOZOSUIT” を発表した。そのコンセプトは斬新で、ニュースを見たときは、驚きで椅子から転げ落ちそうになった (笑)

ZOZOSUIT は「採寸用ボディスーツ」として登場した。その名の通り、外出用のスーツではなく、身体のサイズを図るためのものである。着用すると、スーツ内に埋め込まれたセンサーで、その人の体型を15,000箇所も「採寸」するというものだった。同社は「一人ひとりの体型に合わせた」服を提供する、というコンセプトを打ち出した。

昔から、オーダーメイドの服を欲する人はいる。専門店に行き、身体の隅々まで細かく採寸してもらうことで、一人ひとりに合わせた服を仕立ててもらう。値は張るが、ジャストフィットする服を、自分だけのために作ってくれるのだから、私のような庶民からすると一種の憧れもある(仕立ててもらったことは、ない。笑)。

例えていうと、オーダーメイドの仕立屋は「一見さんお断りの小料理屋」に似ているかもしれない。顔が見える上得意のお客様向けに、一人ひとりの好みに合わせた料理を提供するようなものである(噂に聞くだけで、そういうお店に入ったことはない。笑)。

「オーダーメイド」や「一見さんお断り」が成り立つのは face-to-face だから、とされてきた。一人ひとりを特定し、その人に合わせてサービスするので、当然と言えば当然だが。

一方、ZOZOSUITは、ネット販売でありながら、オーダーメイドの服を仕立ててもらうかのようなサービスを受けられる。これは、衝撃だった。

<匿名経済と顕名経済>

ユニクロやシマムラなどで市販される服は、標準的な何通りかのサイズの服をメーカーが準備し、消費者が自分の身体に合うものを選ぶ。デザインや色などの見た目、生地の良し悪しや肌触りなども重要だが、そのあたりは見聞きした情報で想像もできる。重要なのは、フィット感である。私もちょっとした服を買うときには必ず試着し、フィット感を確認することにしている。

これは、商品が決まっているファストフードで、自分が食べたいメニューを選ぶようなものである。メーカーは、匿名大衆に向けて、大量生産で商品を生産する。我々は、その中から自分の好み (やサイズ) が合うものを選んで購入する。取引は「お客様が誰か」に関係なく「商品をお金と交換する」ことで完了する。すなわち、匿名取引である。

対して、ZOZOSUIT が目指したのは、寸法に関する情報を一人ひとり個別に把握し「個客」一人ひとりに合わせた服を作ることだった。いろいろな理由から、結果的に消費者の手元に届けられたのは、センサー型ではなく、ドットマーカーの画像認識によって採寸するタイプのものに変わったが、同サービスの狙いの本質は変わっていなかった。ZOZOSUITが目指したものは人間が服に合わせるのではなく、顕名個客に合わせた服を作ること、つまり、顕名サービスである(なお現在は、ZOZOSUITは配布を終了している)。

<ZOZOMAT登場>

2019年6月、ZOZOが次なるサービス “ZOZOMAT” をアナウンスした。今度は、足のサイズや形を計測するための「マット」を販売するというものだった。マットに足を乗せ、マットに施されたドットマーカー (水玉) をスマホのカメラで360度撮影することで足の3D計測を行う。足長・足幅・足囲・甲高など、複数箇所を計測できる。なるほど、ZOZOSUIT の技術が活きている。

さらに、ZOZOMATで計測したデータをもとに、自分の足に合った靴をお勧めしてくれる靴の専門モール「ZOZOSHOES」をスタートした。厳密にはオーダーメイドとは異なるが、「個客」一人ひとりの情報を参照し、その人に合わせた特別な提案をしてくれる、という意味で、まさに「顕名サービス」の代表とも言えるだろう。

なお、ZOZOMATはアナウンス後100万人以上が予約し、2020年2月末の配送開始以降、2週間で計測者数は30万人を超えた。3D計測の精度は高く、利用者の満足度も高いという。

<ファッション業界の変革>

前述の通り「顕名」つまり「一人ひとりのお客様」に合わせたサービスは旧来から存在する。オーダーメードの仕立て屋、一見さんお断りの小料理屋、他にもいろいろある。注目すべきは「デジタル技術」が、それをスケールさせることを可能にしたことである。

マスという言葉で分類されてきた「大衆」も、今や、一人ひとりを容易に特定することができ、ちょっとした技術の応用で、その個人に紐づく情報を調べ、蓄積できる。これまで大量生産、大量消費を前提としてきた匿名経済の市場が、顕名サービスで置き換えられる可能性さえある。これは、今後の経済モデルを考える上でも重要な変化である。

ZOZOSUITやZOZOMATは「一人ひとりに合った」服や靴を提供する、というコンセプトで立ち上がった。その本質は、個客を重視し、一人ひとりに最適な商品を提供しようとする考え方である。容易に想像できる通り、この考え方はファッション業界に広く応用が可能である。今後、さまざまな分野、商品で同様のサービスが立ち上がってくることを心待ちにしたい。

そうそう。一見さんお断りの小料理屋のように、自分の好みにあった、自分だけのための料理が手元に配達されるような出前のサービスも出てきてくれると嬉しいのだが (笑)。

(写真提供:株式会社ZOZO)

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