Jライブラリー

第27回:「信用構造の変化」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

落語の「徂徠豆腐 (そらいどうふ)」に「ツケ払い」のシーンがある。上総屋七兵衛 (かずさやしちべい) という豆腐屋が、ある長屋に住む貧乏学者にツケ払いで豆腐を売る。さらに、学者が世の為、人の為に学問に勤しんでいると聞いた七兵衛は、「出世払い」でオカラを毎日届けることになる。

立川志の輔の「徂徠豆腐」は涙を誘う。噺では、豆腐屋のお店が火事で焼けてしまうが、明け暮れる七兵衛のもとに十両という大金とともに、新しいお店ができたとの報が届く。手配をしてくれたのは荻生徂徠 (おぎゅうそらい)。あの学者だった。

人間味あふれる恩返しのストーリーにはジンと来る。興味のある方は、機会があれば (あるいは、寄席に行って、笑)、ぜひ聴いてみてほしい (笑)。

「ツケ払い」ができる時代背景は興味深い。お客様のことを知り、お客様を信用することで可能になる「取引」の形とも言える。もちろん、今とはまったく違う市場環境だったと思われる。信用の形も全然違ったのかもしれない。

※なお、ここでは詳しく触れないが「出世払い」は「信用」に「期待」の要素も加わる。機会があれば別途紹介したい。

「匿名取引」ではツケ払いはできない。例えば、コンビニやショッピングモールなどを思い浮かべてほしい。落語の貧乏学者風に「今、細かいのがなくて」などと言ってみたところで、一蹴されるのがオチだ。現金支払を前提とする「匿名取引」では、お客様がどこの誰かわからないのだからツケ払いはありえない。

現代にも後払いの仕組みはある。例えば、クレジットカードなどの、実質的に後払いが可能な仕組みも存在する。ローンなども、考え方によってはツケ払いに近いようにも感じる。もっとも、徂徠豆腐に出てくる貧乏学者にクレジットカードは作れないだろうから、現代の仕組みで豆腐を買うのは難しいかもしれないが。

「ツケ払い」は「顕名」の考え方に基づく。今でも、昔ながらの face-to-face の信頼関係を前提とする商売であればツケ払いは可能だろう。例えば、京都のお茶屋さんはツケ払いが当たり前と聞く (自分は経験してないが、笑)。貧乏学者がツケ払いで豆腐を買えた理由は、このあたりにヒントがありそうだ。

匿名市場から顕名市場へのシフトは「信用」の構造を変える。現金支払が前提の匿名取引でツケ払いができないのはなぜか。顕名取引であればツケ払いが可能なのはなぜか。実は、市場構造の変化とともに取引の前提も大きく変わりつつある。今回は信用構造の視点から、匿名市場と顕名市場の違いについて考えてみたい。

<匿名市場の信用構造>

最初に、匿名市場における信用の構造を2つの視点で整理してみよう。信用やその役割に関する定義を厳密に議論するのはいささか骨が折れる。本連載は、学術的な正確性よりも、わかり易さを優先する (笑) ので、まずは大雑把な議論をしてみよう。以下では、取引の前提となる2つの信用、すなわち「企業や商品・サービス = 供給サイド」及び「消費者 = 需要サイド」の信用について考えてみる。

◯供給サイドの信用:

匿名市場が中心だった時代 (ネットが普及する前)、供給サイドの信用はブランドが代替した。何度も目・耳にする名前に親しみが湧くのは多くの方が経験していることだろう。お店で何かを買うときに、知らないブランドのものよりも、何度も名前を聞いたことのあるブランドのものを選ぶ人は多い。

上記の本質は、消費者が当該ブランドは信用できる、または価値があると「思い込むこと」である。ブランドと信用は同値ではない (むしろ、知名度と信用の関係を議論するほうが難しい)。何度も名前を目・耳にすることで、「良く知っているから」という理由で選択される機会が増える、ことをブランド価値と考えたのが匿名市場の特徴である。

同時期のブランド構築は片方向のマスコミュニケーションが基本だった。消費者が企業や商品・サービスについて知る手段は、放送や印刷物などの広告媒体が中心である。そこで活躍したのは匿名大衆を対象とするマスメディアだった。

<匿名市場:供給サイドの信用は片方向のマスコミュニケーションが基本だった>

◯需要サイドの信用:

匿名市場では「財やサービスを貨幣と交換する」ことを取引と考える。すなわち、モノとカネの交換が取引の基本である。匿名取引では、お客様が「誰か」を知らずに取引を行うことができる。お客様が誰であれ、対価を支払えば取引は成立する。

匿名市場における需要サイドの信用は「お金」によって代替された。お金の価値はお金の発行元 (例えば、紙幣であれば日本銀行、など) が保証する (紙幣は日銀の借用書とも言われる所以である)。特に、現金 (貨幣や紙幣) に信用を持たせることは、モノとカネの交換を取引と考え、匿名大衆向けに規模の経済を実現する仕組みとして必須だった。

<匿名市場:需要サイドの信用はカネが代替した>

<顕名市場の信用構造>

顕名市場における信用の構造についても見てみよう。ここでも、大雑把な整理で (笑)、取引の前提となる2つの信用、すなわち「企業や商品・サービス = 供給サイド」及び「消費者 = 需要サイド」の信用について考えてみる。

◯供給サイドの信用:

顕名市場における供給サイドの信用はネットの普及・浸透を背景に双方向で形成される。従来のブランド構築に加えて、口コミやネット上での評価・評判などの個客との関係構築、あるいはSNS上での人気 (逆に、炎上も) など、双方向性が信用構造の前提になった。

双方向の信用構造では「個客の満足度」が重要な意味を持つ。双方向の時代、個客の評価や満足度が簡単に参照できる。必然的に、個客が商品・サービスを購入・利用した「結果」がブランドの信用形成に寄与することになる。

<顕名市場:供給サイドの信用は双方向コミュニケーションに基づく>

◯需要サイドの信用:

顕名市場における需要サイドの信用は「情報」に基づく。顕名取引では、個客に紐づく情報に基づいて、個客一人ひとりに特別な体験を提供することを目指す。個客を知ることが大前提であり、支払手段はもちろん、過去の取引やさまざまな情報が信用形成の際に参照可能になる。

情報の参照は個客の信用に直結する。例えば、何年にも渡って何十万円もの取引実績のある個客が、ある瞬間の100円の取引で誤魔化しや不正をすることは考えにくい。取引履歴が信用の記録であると考えれば、信用に傷がつくことを避けようとするのは理にかなっている。つまり、取引の記録が、個客が正当な取引を行うことのインセンティブにつながる。

Alipayの信用スコアの例 (本連載 第8回) は分かりやすい。同社は決済記録、資産情報、職歴・学歴、人脈、行動、その他、さまざまな情報を参照し、個客の信用をスコア化した。芝麻信用 (Zhima Credit) はさまざまな取引の場面で信用情報として参照される。

<顕名市場:需要サイドの信用は「情報」に基づく>

<顕名市場の信用構造がもたらす効果>

顕名市場の信用構造は企業、個客の双方にメリットをもたらす。例えば、顕名市場の信用構造は企業の「取引コスト」に影響する。個客にとっては、信用に基づいて (どこの誰とも分からない匿名大衆向けの対応とは違って) 特別な対応が期待できる。

まずは、取引コストについて考えてみよう。従来の匿名取引ではお客様が特定できないことに起因するコストが発生する。例えば、対価の回収ができないリスク (コストの一部と考えられる) はわかりやすい。予約をして来店がなかった飲食店や宿泊施設、万引や偽札に関わる問題、他がそれに相当する。その対策のためにかけるコストも小さくない。

顕名市場の信用構造は取引コストを低減させる。顕名取引は個客を把握することが前提である。個客との信用形成を前提に商品・サービスを提供するため、対価の回収ができないリスクは最小限に押さえられる。(その分、信用形成の仕組みが重視されることになる)

顕名市場は個客にもメリットをもたらす。顕名取引は、個客に紐づく情報に基づいて、一人ひとりに特別な体験を提供することを目指す。同モデルは、個客価値の最大化を目的としており、個客満足度の向上に寄与する。

<おわりに>

デジタル技術の発展と浸透は匿名市場から顕名市場へのシフトを促した。

匿名経済は効率を追い求めた。前回の記事でも紹介したとおり、産業革命以降、大量生産・大量消費を前提に匿名大衆を対象とする、規模の経済を追い求める時代が続いた。この時代、個客にフォーカスすることは技術的にも、コスト的にも難しかった。結果的に、効率的な取引を目的として、供給サイドの信用をブランドで、需要サイドの信用をお金で代替することが理にかなっていた。

顕名経済では事業者と個客のつながりが前提になる。ネット、モバイル、クラウドの登場が状況を大きく変えた。個客を把握し、個客一人ひとりの情報を参照することが機能的にもコスト的にも可能になった。結果、企業・個客の双方にメリットのある顕名取引にシフトするのは自然な話なのかもしれない。

顕名市場では「お金」よりも「情報」が重要とされる。個客一人ひとりに特別な体験を提供することが重視される時代、顕名市場における情報の価値・情報の使い方は多様化する。さらに価値ある体験が提供される時代に期待がかかるが、同時に、個客の情報を扱うことへのリスクも理解しておくことが重要である。その可能性とリスクについては機会をあらためて紹介したい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

pagetop