Jライブラリー

世界の銀行・FinTech企業のキャッシュレス化・DX化への取り組み <第11回>  

吉元利行 コラム

~デジタル通貨をめぐる世界の動き~

前回、デジタル通貨時代に向けて、古い紙幣や1円玉などの硬貨の廃止に言及した。近未来は「デジタル通貨」時代になりそうな状況だからである。通貨に類する電子的な決済手段といえば、「電子マネー」がある。しかし、中央銀行が発行する「デジタル通貨」(Central Bank Digital Currency:CBDC)は、電子マネーと異なり、受取人が再利用できるから、国内全域で点々流通する。すでに、カンボジアでは、日本の「ソラミツ」が提供するブロックチェーン「いろはコイン」の技術を基に、カンボジア国立銀行が発行する「デジタル通貨バコン」がリテール決済および銀行間決済の基幹システムとして、2020年10月28日から正式運用されている。

今回は、中央銀行が発行するデジタル通貨に関する世界の動きを紹介したい。

デジタルマネー一般

1996年にソニーによって開発された非接触ICカード技術「Felica」を使い、2001年にJR東日本のIC乗車券「Suica」が発行され、翌年には、「Edy」の決済システムが大手コンビニエンスストアなどに導入されて、我が国に「電子マネー」が出現した。「マネー」との名称が付せられているが、電子マネーは発行者への現金の提供に引き換えて受け取るデジタル情報(代金等の支払いに利用できるデジタルな価値情報)である。利用者が代価の支払いに使用し、そのデジタル情報が加盟店に移転した後、加盟店が発行者に請求することで預金になる仕組みである。その法的性質やデータの移転に関する法律構成はさまざまであるが、発行者、加盟店、利用者間で各々契約に基づき取引される。通貨として扱われることは禁じられており、電子マネーは「前払式支払手段」として、資金決済法でデジタル価値情報の現金化が禁止されている。しかし、資金移動業の登録を行っている事業者や銀行等が発行する地域限定で通用するデジタル通貨は、同じ資金決済法によりアカウントに戻す、あるいは送金先アカウントで現金化することが認められている。また一部のステーブルコインも「電子決済手段」として、代価の支払や送金に利用できるようになったので、今やたくさんの種類のデジタル化されたマネーが存在している。

CBDCとは

では、CBDCとは何か。日本銀行のHPでは「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」とは、(1)デジタル化されていること、(2)円などの法定通貨建てであること、(3)中央銀行の債務として発行されること、の3つの要件を満たすものとされている。CBDCは、電子マネーなどと異なり、受け取った加盟店が再利用でき、点々流通し、発行者に戻して現金化(預金)する必要のないファイナリティを有しており、誰に対しても受け取りを強制できる通用力が認められている。CBDCは中央銀行が発行するので、他のデジタルマネーと異なり、発行者の倒産を考慮する必要がない点も特徴といえよう。

CBDCの仕組みには紙幣のように中央銀行が銀行経由で直接発行する「直接発行型」と、電子マネーのように銀行預金または現金と交換して民間銀行が利用者に発行する二層形式の「間接発行型」がある。また、データ自体に金銭的な価値を持たせる「トークン型」と預金や現金のようにCBDCが銀行口座で管理される「口座型」に分かれる。CBDCは、ほとんどがブロックチェーン技術による分散台帳機能を用いているが、ビットコインのような暗号資産、アルトコインと総称されるビットコイン以外の暗号通貨とは異なり、またリブラやJPDCのようないわゆるステーブルコインとも異なる。

カンボジアの「バコン」とは

それでは、世界のCBDCを見ていこう。世界的にはカンボジアのバコンのほか、中国人民銀行が発行する「デジタル人民元」、インドの「eルピー」、バハマの「Sand Dollar」、ナイジェリアの「eNaira」などが先行発行され、実用化に向けたパイロットテストが進んでいる。欧米では、ユーロスイスフラン、シンガポールドルの3通貨間で、ホールセール型中央銀行デジタル通貨の法人間決済の実証実験がされているが、その他にもスウェーデンの「eクローナ」、ロシアやトルコなどでも実証実験が進められている。

そこで、本稿では、カンボジアのバコンと、中国人民銀行の発行する「デジタル人民元」を取り上げてみる。

カンボジアの「バコン」は、デジタル化されたカンボジアリエル(KHR)もしくは米ドルを使用し、即時および最終的な取引を可能にする中央銀行デジタル通貨システムである。カンボジア国内の電話番号を持っている利用者が、デジタル・ウオレット「バコン」のアプリをダウンロードして、アプリ内で民間銀行か決済事業者を選択し、預金や現金をデジタル通貨に交換して使用する方式なので、間接発行型、トークン型といえる。技術はブロックチェーン技術を使う。利用者は相手の電話番号を指定するか、請求書のEMVCo互換のQRコードをスキャンすることで、送金や店舗での支払いができる。個人間・法人間、個人法人間いずれでも送金ができ、送金手数料、加盟店手数料、決済手数料は無料だ。端末を紛失しても、本人確認を経て鍵の付け替えができ、ビットコインなどと違って安心である。

中国の「デジタル人民元」

中国の「デジタル人民元」は、間接発行型、トークン型で、ブロックチェーンを権利確認と照合で使用する。人民銀行(中央銀行)が、2019年末から深圳、蘇州、雄安、成都と北京冬季オリンピック会場で実証実験として「デジタル人民元」を発行開始。その後上海など10都市に拡大させ、2022年4月からは天津等の都市と浙江省のアジア競技大会開催予定地にも広げられた。2023年2月には香港から深圳を訪れる観光客向けに買い物に使えるデジタル人民元を配布するキャンペーンも行われている。実証実験は、小口決済だけでなく、外食、観光、教育、医療、公共サービス分野までに及び、2022年4月から12月までに、デジタル人民元のウォレット開設数2421万個(個人2341万個、公的機関80万個)、取引件数は、約5534万件で、取引金額は、約1,104億元(約2.2兆円)にも上る。

中国では、国民の9割以上がオンライン・オフラインの決済、さらには資金移動にも利用できるAlipayやWeChat Payを使い、個人間ではほぼ現金が不要になっているが、あえて、「デジタル人民元」の実証実験が進んでいる。巨大になったAlipayやWechatpayといった民間FinTech企業への政府の不安感、購入情報等の行動データを民間企業が独占している問題などがあり、銀聯(銀行間決済ネットワーク)を使った決済の利用が少ないことも懸念されているからだ。そういった背景から、中国でのCBDCの積極的推進には、党や国家がコントロールできる決済に誘導するためなど特別な理由があると思われる。

日本の動き

日本銀行では、現時点でCBDCの発行計画はないが、欧州中央銀行と共同で分散型台帳技術と呼ばれる新しい情報技術に関する調査(プロジェクト・ステラ)を実施しており、その結果を報告書として公表している。すでに一部の地域では、さまざまな方式で金融機関や資金移動業者の発行する換金可能な「地域デジタル通貨」が発行されている。地域活性化や観光客の利用が想定され、一定の成果も出ているようである。

国際決済銀行(BIS)によると、世界の中央銀行の80%が何らかの形でCBDCの調査または実験に関与しているというから、日本でも遠い未来の話ではないようだ。

そこで、次回はなぜCBDCが各国で導入されようとしているのか、また、デジタル化に伴う消費者等の不利益がないのか、などの点について触れてみたい。

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