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アフターコロナ第3回:非接触実現へ一歩先の新たな投資

吉元利行 コラム

11月初旬、キャッシュレス決済の普及状況を確認しに、函館・大沼を訪れた。函館市では、10月中の感染者が1名と落ち着いていたこともあり、ゆったりと各地を回ることができた。ホテルや飲食店、観光施設では、「新北海道スタイル」安心宣言の下、各事業者が「7つプラス1の習慣化」に取り組み、感染リスク低減の対策が採られていた。

 「7つプラス1の習慣化」の取り組みは、スタッフのマスク着用・手洗いの励行、換気、器具などの消毒・洗浄、ソーシャルディスタンスの確保など、どの都府県でも取り組んでいる内容である。「プラス1」は、北海道コロナ通知システムといって、不特定多数が利用する施設やイベント開催場所等に掲示されているQRコードをスマートフォンで読み込んでメールアドレスを登録しておくと、同じ日、同じ施設を利用した方の中から新型コロナウイルスの感染者が確認された場合、北海道から通知がされることで、感染拡大を防止するというものである。このように、北海道では観光客を受け入れ、経済を回しながら、感染拡大の防止を図っている。(その後11月17日に感染拡大が続いていた札幌市で自粛要請が出たのは大変残念)

定期的な消毒が難しい交通機関と対策

しかしながら、消毒や密回避対策のうち難しいのが、公共交通機関や公共施設などにおいて、何度も設備や器具を消毒・洗浄できない点であろう。したがって、利用者ができる限り、器具等に触れない工夫が望まれる。

その点、函館市内では、市営電車と民営の函館バスが共通の全国交通系ICカードを採用しており、現金に触ったり、両替機を使用したりすることが少ない。東京などから訪問した観光客も、普段使っている交通系ICカードを使用できる。観光なので、電車・バス共通1日・2日乗車券を使用してもよい。市内電車・函館バスに加え、函館・森駅間のJR線と第三セクターの道南いさりび鉄道が乗車できる「はこだて旅するパスポート&フリーパス」には1日券と2日券があり、これを使えば、乗車・下車時の非接触が実現できる。

(実際に使用した「はこだて旅するフリーパス」)

このフリーパスは、複数(4社)の公共交通機関で共通して利用できるので至極便利である。自社専用のキャッシュレス決済手段を発行し、自社利用者を囲い込みするのは、かえって、普段利用しない人の利用を阻害するだけのように思える。公共交通機関は地元客だけでなく、観光客、出張客を幅広く受け入れることから、全国共通して使える交通系ICカードを受け入れること、コロナ禍明けには、外国人受け入れのため、国際ブランドの非接触決済に対応したカードの決済も受け入れることが必要ではないかと考える。

タッチパネルの非接触操作への動き

ところで、日常生活で否応なしに、他人と共通して触れねばならないものの一つに、ATMでの預金引き出し、カード決済時の暗証番号の入力、セルフレジや券売機、飲食店の注文時などに行うタッチパネル操作がある。最近では、非接触ICカード併用のクレジットカードやデビットカードで一定額以下の利用であれば、非接触ICカード対応の端末機を使用することで、接触の心配がないことは第1回目に紹介した。また、スマホでATM画面のQRコードを読み取り、カードを利用せずに預金を引き出せるようになっている。

しかし、ATMやセルフレジでは、タッチパネルに全く触れないで済む訳ではない。そう思っていたら、AIで指先の動きを検知する方式(知能技研)、静電気の変化を感知する方式(アルプスアルパイン)、カメラと赤外線反射を活用する方式(新光商事など)、赤外線センサーを活用する方式(フジテック)など完全非接触の操作方法がリリースされていた。また、沖電気工業が非接触で操作可能なATMを開発し、いくつかの銀行と実証実験を実施しているとのリリースもあった。これらの端末機をカードやスマホと組み合わせると、ATMやセルフレジなどで完全非接触が実現できそうである。

金融機関はインフラを共通化して、情報に投資

すでに、多数のメーカーで非接触のタッチパネル操作技術が開発されていることは、コロナ対策だけでなく、各種の感染対策の面でも喜ばしいことであるが、ATMでの採用については少し懸念がある。なぜなら、全国に設置されているATMの台数は、2017年を境に減少し、2019年末には13万4千台となっている。しかも今後キャッシュレスの進展で台数のさらなる減少が見込まれることから、メーカーの開発と製作コストを考えると一台当たりの単価が高価なものになるのではないか、メーカーは開発費を回収できないのではないかと思うからである。

その好(悪?)事例が、クレジットカードの決済端末機である。カード端末機は、現在3百万台以上が設置されており、ATM市場より大きいものの、新規や買い替え需要は、せいぜい年間数十万台程で数社が製作し、しかも日本独自仕様(マルチアクワイアリング、支払回数など)のため、単価が10万円近くに設定されている。端末機の世界トップメーカーは、年間1千万台を超える汎用の端末機を世界で販売しているため、単価は日本の三分の一以下である。昨今のキャッシュレス普及における問題点の議論を聞く限り、世界共通の金融インフラなのに、他社との差別化、日本独自・自社独自仕様の採用は、経費の無駄使いと普及の障害にしかならないことは明らかであろう。

すでにATMの設置を廃止した銀行もあるように、ATM開発には、資金を投入せず、利用者のパソコンやスマホを活用したキャッシュレスな資金移動・決済に大きく舵を切り、資金を投入すべきは、取引情報の収集と分析による顧客への新たな利便性と金融商品提供のためのデジタル投資であろう。

顕名市場に向けた投資の拡大を

中国では、コロナ感染拡大期の2020年1~3月期のモバイル決済は、外出消費が減ったため、90兆8,100億元(約1,380兆円)と前年同期比4.8%減と微減にとどまり、インターネット決済が21.7%減の487兆5,100億元、銀行カードによる取引額は10.5%減の198兆4,600億元と大きく減少した(中国人民銀行の決済システム運用統計)。しかし、消費の減少により手元に残った資金は、コロナ禍で好調なIT関連株への投資、その他資産運用商品の購入に回ったため、同時期の中国のモバイル金融取引(物品購入額を除く)は市場規模が11.9兆元と前期比10.2%も増加した。中国では、すでにモバイルでの金融取引が定着し、一人一人の顧客の状況を踏まえて様々な金融サービスの提供ができるよう、詳細な情報(データ)の収集と分析ができていたからこそ、コロナ禍で発生した滞留資金を資産運用資金としてうまく吸収できたものと考えられる。コロナ禍を機に、本コラムの中川郁夫氏が提唱される「顕名経済」「顕名市場」を念頭に、個客を見据えた情報連携への投資を積極的に検討すべきであろう。

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