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第34回:「市場構造の変化から考えるポイントサービスの今後 (2)」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

「マイル修行」という言葉をご存知だろうか。航空会社の運営するマイレージサービスで多頻度顧客に提供される上級会員特典 (Frequent Flyer Program) の獲得を目的に有償で飛行機に何度も乗ることを指すらしい。

マイル修行はある種のニッチなニーズを生み出している。マイル修行のために、ジャルパックが提供する「2日間で最大16回 (!?) 搭乗できるツアー」が奄美方面への送客を支える基幹商品の一つとなっているともいう。また、格安チケットで東京-ワシントン間を (宿泊なしで) 往復する話も聞く。

 (参考) https://ja.wikipedia.org/wiki/マイル修行

「ホテル修行」と呼ばれるものもある。同様に、ホテル事業者が提供する多頻度個客向けの上級会員特典 (Frequent Guest Program) を獲得することが目的だという。出張で宿泊するときに対象のホテルに泊まるのはもちろんのこと、わざわざ、ステータスをあげるために有償宿泊することもあるという。

 (参考) https://www.travelers-lifehack.com/hotel-training/

上級会員特典はそれほどまでに魅力的なのか。たしかに、どちらも精力的に修行に時間を費やしている友人は確かにいる (笑)。ラウンジが特別だとか、国際線アップグレードで最優先されるのが重要なのだとか。そういえば、有名ホテルのスイートルームでワインを堪能した話も聞いた。確かに、羨ましいのは間違いないが… (笑)。

そういえば、

ポイントサービスでは、修行してまで上級会員を目指そうという人を見かけないのはなぜだろう。ここ数回、ポイントサービスの話をしてきた。一部にはゴールド会員などの上級会員が定義されているサービスもある。だが、そのために「修行」するという話はほとんど耳にしない。言い方を変えると、ほとんどの人にとって、ポイントは「おまけ」であって、特別に魅力的なもの、ではないのではないだろうか。

ここに、ポイントサービスの今後を考える上でのヒントが隠れていそうだ。もちろん、航空会社やホテル事業者が提供するサービスと一般的なポイントサービスは背景も狙いも異なる。だが、利用するほどポイント (or マイル) が溜まっていくという意味で、類似サービスに分類されることも多い。ポイントサービスの今後の展開を考えるうえで、これだけ強い顧客ニーズを生み出している背景は一考の余地がありそうだ。

前回に続いて、今回も、ポイントサービスの今後について考察する。

<ポイントサービスの現状>

振り返りを兼ねて、ポイントサービスの現状についてまとめてみよう。Wikipediaによると、ポイントプログラム、またはポイントサービスは、購入金額や来店回数に応じて点数が貯まり、次回以降の購入代金にあてることなどと考えられているようだ。


「ポイントプログラム、またはポイントサービス(和製英語: point service)とは、各種の商品・役務の購入金額あるいは来店回数等に応じて、一定の条件で計算された点数(ポイント)を顧客に与えるサービス。顧客は、ポイントを次回以降の購入代金の一部に充当したり、商品と交換することができる。ポイントを付与する事業者は、このサービスをマーケティングに活用する。
多くの事業者は「ポイント」という単位を使っているが、「マイル」「マネー」「コイン」「ダラー」「スタンプ」などのポイント以外の単位を使っている場合がある。本項ではそれらを含めて記述している。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/ポイントプログラム

ポイントサービスの種類は思ったよりも多い。上記に引用した説明に書いてある通り、一般的には「マイル」を対象とするマイレージプログラムもポイントサービスの一種と考えられることに留意してほしい。

もうひとつの重要な視点がある。上記のWikipediaの記述にある「ポイントを付与する事業者は、このサービスをマーケティングに活用する」の記述である。よく聞かれるのは消費市場分析や広告戦略への活用である。匿名化されたデータを参照して、世代や客層に応じてどのような商品が売れるか、などを分析したり、それらの情報を参考に商品開発するケースもあると聞く。年齢・性別などの顧客属性、あるいは購入商品に応じて広告や提案商品を変えるなどの手法もあるようだ。

さて、本連載の読者であればお気づきだろう。上記のようなマーケティングへの活用は「事業者」視点で設計されたものであり、個客 (一人ひとりのお客様) の体験や価値の視点は、その取り組みからは見えてこない。彼らにとってのマーケティングは「事業者の製品を売るため」のように見える。残念ながら、本連載の第30回に紹介したコトラーの言葉にある「本物の顧客価値を生み出すための活動」には遠いようだ。

今、匿名市場から顕名市場へのシフトが進んでいる。つながりを前提とする市場では、顕名個客を対象に、一人ひとりに特別な体験を提供することを重視する。本連載で繰り返し紹介している通り、顕名市場では、個客一人ひとりとの接点 (個客接点) が重要であり、その接点を通して個客理解を深めることが鍵である。 今後は、ポイントサービスも市場の変化に適応することが求められるだろう。購買データを匿名化してマスマーケティングに活用するのは一世代前の匿名市場の発想である。ポイントサービスが顕名市場へのシフトに適応することを是とするのであれば、「個客」の視点に立って、個客価値・個客体験を創造する方向に挑戦することに期待がかかる。

<もうひとつのヒント>

上記Wikipediaには興味深い記述がある。ニールセン世界小売業ロイヤルティセンチメント調査に関する記述である。そこでは、ポイントの報酬を金銭的報酬と非金銭的報酬に分けている。

国内の大手ポイントサービスの多くは金銭的報酬が主である。金銭的報酬には商品の割引、キャッシュバック、無償の商品提供、他が含まれる。一旦、金銭的報酬が提供された後は、購買データは専ら第三者の事業者に提供するために利用され、顧客への新たな価値創造は二の次のように見える。つまり、金銭的報酬としてのポイントは、購買データを参照することの補償料としての位置づけとも言える。

対して、非金銭的報酬にはさまざまな可能性がある。優先度の高いサービス、特売品等への専有的アクセス、特別客としての認証、個人化された商品やサービスの提供などがその例として紹介されている。マイル修行の結果として得られる最優先アップグレードや、ホテル修行の結果として得られるスイートルームの利用権などはこれに該当する。

金銭的報酬と非金銭的報酬はその先の広がりがまったく異なる。いくつかの論点があるが、ここでは代表的なものを3つだけ紹介しよう。

  1. 価値を生み出すポイントが異なる。金銭的報酬は購買データを第三者に提供するための補償料に近い。購買データは「第三者の価値」のために利用される。一方、非金銭的報酬は「利用者本人の価値」のために利用される。個人を特定し、個人のためのサービスにデータを利用するのは、まさに「個客価値」を新たに生み出すためと考えられそうだ。
  1. 時間軸が異なる。金銭的報酬は (ポイントが利用される時点ではなく)、「ポイントが付与された時点」で本人に還元される報酬は確定する。一方、非金銭的報酬は、ステータスが上がることで「将来に渡って」本人に価値が還元されることに注目したい。匿名市場から顕名市場へのシフトの最大のポイントは、金銭的やり取りを「対価を精算する」と考えるのに対して、個人への価値提供は「個客との関係を更新する」と考えることを思い出してほしい。
  1. 利用者のニーズが異なる。金銭的報酬は、購買時のポイントに「お得感」を感じる消費者層を対象に広まってきた。一方で、非金銭的報酬は「特別感」を感じる利用者層のニーズに答えてきた。ここで、市場構造の変革が重要な意味を持つ。顕名市場は匿名市場から顕名市場にシフトする。顕名市場では「一人ひとりに特別な体験を提供する」ことを目指す。市場構造が高度化することで、市場ニーズが「お得感」から「特別感」へ向かうことは容易に想像できる。

国内のポイントサービスはどこに向かうのだろうか。現在のポイントサービスの多くは金銭的報酬の域を超えないものがほとんどだが、市場構造の変化に伴い、非金銭的報酬に軸を移すサービスも登場することは想像に容易い。

一方で、日本国内でポイントサービスを考える上で最大の鍵は「信頼」であることも指摘しておきたい。これまで金銭的報酬と引き換えに第三者に購買データを提供することを主として来たポイントサービスは、匿名市場での、顔が見えない (顔を隠せる) ことを前提とする関係構築が主だった。顕名市場では顔が見えることを前提とする。本連載で紹介してきた事例のように、利用者自らが、どんなデータが取得され、その結果どんなメリットがあるのかを理解したうえで、主体的にデータを提供 (サービスを利用) してくれるような関係づくりは、何よりも信頼が前提になることは間違いない。

<おわりに>

前回、今回とポイントサービスの今後について考察してきた。そのきっかけは、第31-32回で紹介した新たなCDP (Customer Data Platform) の登場である。ポイントサービスが (例えば、電子メールや電話番号などの) IDで個人を紐付けすることを積極的に狙うのであれば、顕名市場を前提とするサービスモデル再構築は必然的な流れだろう。個人の属性や購買履歴を「第三者の事業者」に提供するだけでは、匿名市場の構造から脱却はできない。個人に紐づく情報を扱うのであれば、個客の「特別感」を創出し、顕名時代ならではの価値創造に挑戦してほしい、との思いを綴った。

データビジネスは奥が深い。本連載に登場するどの事例も、個客一人ひとりに特別な体験を提供し、個客との価値共創を手掛けていることに注目したい。従来型、すなわち、データを集めて第三者に提供するのは市場をマスと捉える匿名市場の構造に依存している。今後は、データを個客本人の価値に変えるためのキードライバーとしてデータを活用できる時代になることに強く期待したい。

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