Jライブラリー

世界の銀行・FinTech企業のキャッシュレス化・DX化への取り組み <最終回>  

吉元利行 コラム

海外のNeo Bank、Challenger Bankと我が国の方向性

今までのジンテック通信で、世界のFinTech企業の金融サービスに対する取り組みなどを紹介してきた。FinTech企業が出現し、個人ユーザーを中心に支持を拡大してきたのは、従来の金融機関の業務の中で「手続きが面倒」「制限された営業時間」「手数料等が高い」「簡易・迅速ではない」といった利用者の不満の声に対して、「いつでも、どこでも」「簡単に」「低料金で」金融サービスを提供し始めたからである。

金融制度の整備が十分でない国はもちろん、長きにわたり伝統的金融機関が金融サービスを提供してきた国々でも、FinTech企業は個人ユーザーのニーズに敏感に反応してその勢力を伸ばし、Neo Bank、Challenger Bankとして成果を上げているところもある。

一方、伝統的金融機関側も、シンガポールのDBS銀行などを筆頭に、自らがデジタルバンク化したり、銀行資本等によって新たにデジタルバンクを創設したりするなどして、FinTech企業に対抗している。本連載の最後に、いつもよりだいぶ長くなるが、我が国の金融業界が個人向けに取り組むべき課題について考えてみたい。

FinTech企業の成長

新しい金融サービスを提供するFinTech企業は、主に3つの方向性に分かれている。最も多くみられるのが、当該地域や国において開発が遅れていたり、地理的・時間的にアクセスが困難だったり、あるいは手数料等の負担が大きいなどのため多数の個人に活用できていなかった決済や送金、貸付などのサービスを提供するFinTech企業である。さらに最初は一つの金融サービスから、ユーザーの求める関連金融サービスを徐々に開発し、更なるユーザーの獲得を求めて成長している。多彩な金融サービスの提供を行おうとすると様々な金融関連のライセンスが必要になっていくが、その最たるものが銀行のライセンスである。銀行ライセンスの取得はどこの国でも簡単ではないので、FinTech企業は、銀行業務である「預金」「貸付」「為替」を自社のサービスに組み込んで利用できるように、銀行やBaaS(Banking as a Service)事業者と提携して、金融サービスを提供する方向に移る。これらのFinTech企業のうち、銀行業のライセンスを持たずに、銀行業務を提供するFinTech企業をNeo Bank(ネオバンク)と呼ぶ。サービスの裏側で提携銀行とシームレスにつながり、銀行機能を活用したサービス(預金、送金、融資など)を提供する。銀行機能は提携銀行が提供するので、銀行のライセンスは不要だが、金融サービスの提供の仲介に関する登録などが必要となる。

しかし、FinTech企業の中には、自ら提供する金融サービスの提供内容や対象者を拡大する目的で、Neo Bankからさらに発展し、銀行の限定的なライセンスあるいはフルライセンスを取得したり、銀行を買収したりして、銀行の機能を手に入れる場合もある。このようなFinTech企業を欧州ではChallenger Bankと呼ぶ。

銀行機能を提供するFinTech企業

世界のNeo BankやChallenger Bank【図表1】は、既存銀行の業務や顧客層のニッチ(隙間)を狙って、既存銀行の取り組みが少ない個人向けと中小法人向けを対象にしたり、個人向けサービスとして子供やティーンエージャー、学生など未成年者向けの国際ブランドデビットカード(プリペイドカードを含む)の提供をしたりしている。また、口座維持手数料の負担や低収入・低スコアのために銀行の利用が難しい大学生向け、銀行口座の開設が難しい人、個人事業主やフリーランス向けなど特定のカテゴリーを対象とするものも多い。

Challenger Bankの中には、ドイツのSolaris Bank、Fidor Bank、英のStaring Bankのように銀行サービスとテクノロジーを、プラットフォームやモバイルバンキングの形で提供し、他のFinTech企業が提供するサービスの金融インフラを担うところもある。

【主要なNeo BankとChallenger Bank】

名称設立・本店主な金融サービス
SoFi
ソ-ファイ
2011年
アメリカ
学生向け大学授業料の融資業務からスタート。P to Pレンディング。ビッグデータを利用し、返済能力の高い学生を選択し、卒業生から低金利で融資をマッチング。
Chime
チャイム
2013年
アメリカ
アメリカ・ユーロ圏で無料で預金引き出しができるマスターデビットカードを発行。200ドルまで無料貸越。電話番号・メルアドで送金可能。
Revolut
リボリュート
2015年
イギリス
送金・デビットカード・株式・暗号資産などのアカウントを3500万人以上に提供。日本にも進出。
Upgrade
アップグレード
2016年
アメリカ
個人ローン、デビット・BNPLカードとキャッシュバック付きの月額料金無料当座預金口座などを提供。
Gleenlight
グリーンライト
アメリカティーンエージャー向けの口座(貯蓄・決済用)とファミリー向けデビットカード発行。
Nubank
ヌーバンク
2012年
ブラジル
預金、クレジットカード、送金、ローン、保険、投資を扱う。メキシコ、アルゼンチン、コロンビア含め7000万人以上の顧客を獲得。
N26Bank
エヌ26
2013年
ドイツ
2016年フル銀行免許取得。銀行口座、クレジットカード、貸付、保険、投資商品を提供。仏・伊・スペイン、ウイーン、サンパウロに拠点。
Monzo
モンゾ
2015年
イギリス
モバイルアプリとプリペイドカード発行から、800万人を超える顧客に当座預金口座、デビットカードを提供。2017年に銀行ライセンスを取得。
Varo Bank
バロ銀行
2015年
アメリカ
口座開設とデビットカードから、2020年に国法銀行免許取得後、全米でクレジットカード、個人ローンを提供。
Staring Bankスターリング銀行2014年
イギリス
2017年フル銀行免許。個人当座預金口座、共同口座、ビジネス口座を提供するモバイル専業銀行。
Atom Bank
アトム銀行
2014年
イギリス
英国初のデジタルバンク。2016年フル銀行免許。普通預金、住宅ローン、中小企業向け担保ローン提供。スペインの大手銀行BBVAが出資。
Klarna Bank
クラーナ
2005年
スウェーデン
BNPL企業。2017年フル銀行免許を取得。欧州、北米オセアニアなど17か国で事業展開。36回までの分割払い。
Adyen
アディエン
2006年 オランダ決済サービス提供の傍ら2017年にアクワイアリング銀行免許取得。日本でもアクワイアリング事業を提供。
【図表1】

Monzo、Revolut、N26などは、限定銀行免許取得後、フルサービス銀行ライセンスを取得して、金融サービスを拡大している。EUでは、加盟国の一つで銀行免許を取得すれば、EU内の進出地域で認可が不要という「単一パスポート制度」があるのでEU内にビジネスを拡大する一方で、ライセンスのない日本では、Revolutが資金移動業、デビットカードの発行、家計管理等のアプリを提供し、Adyenは、決済代行会社向けにアクワイアリングサービスを提供している。

一方、東南アジアでは、香港、シンガポール、インドネシア、フィリピンなどで仮想銀行(バーチャルバンク)が認可され、タイやベトナムなどでも認可に向けた手続が進行中である。仮想銀行は、伝統的な銀行免許とは異なり、店舗を持たず、限定された金融サービスをモバイルで行うものであり、インターネット銀行に近い。伝統的銀行の口座を持たない層への金融包摂の一環として、各国とも3~10行程度に絞って、限定的な銀行免許を付与している。

しかし、銀行免許を取得し、提供できる金融サービスの範囲が拡大しても、黒字化は容易ではないようだ。ターゲットが既存銀行が採算性その他の理由で取り組んでない分野であったり、手数料の優遇、高利付与による預金獲得だったりなど、負担も大きいからである。

ましてや、口座保有率が100%に近く、国際金融市場を有し、インターナショナルな銀行がデジタルバンク化に取り組んでいる香港、シンガポールでは、個人向けの金融サービスがまだ限定的であるうえ、金利選好意識やリテラシーが高いと思われる余裕のある預金者では融資などの資金ニーズに乏しく、富裕層向けの投資、保険、運用プランなどに関する金融助言サービスなどの提供にまでは至っていないという点から苦戦しているようである。

欧米デジタルバンクの収益

では、預金者の借り入れなど資金ニーズがそれほど高くない地域、あるいは顧客層を抱える金融機関が取り組むデジタルサービスでは、どのような取り組みが黒字化につながるのであろうか。

参考となるのが、欧米のNeo BankやChallenger Bankの取り組みである。これらが提供するサービスは、「無料」「〇〇までは無料」と紹介されることが多いが、それらには前提条件がある。例えば「給与の前払いサービス」や「デビットカード決済不足額の貸越」などのサービスは、給与の振込口座として指定され、入金やデビットカードの利用実績があることなどが前提となり、リスクの低減化と効率的・計画的な資金の確保、利用ビッグデータの活用が行われている。また、条件未達の場合は月額利用料など、サービス内容に応じた手数料が徴求されている。

Monzoの場合、世帯で管理する共同口座からのデビットカード決済を活用した家計簿管理機能や出金管理機能を付帯したアプリを提供して、カード決済の自行一本化を促進しつつ、カード利用に伴う手数料収入を確保している。また、デジタルバンクの利用者はITリテラシーも高く、キャッシュレス決済を多用する層と考えられ、未成年の子供を有する層と重なると考えられる。Gleenlightは、既存銀行の決済サービス対象外の15歳未満の子供に、親と共同管理する子供専用口座を開設させ、子供に国際ブランドのデビットカードを発行している。子供のお小遣い貯金に、銀行とは別に親の口座から子供の貯金の利子を支給させ、貯蓄の仕組みを学ばせる。さらに、親子にアプリをダウンロードさせ、親に口座の出金やデビットカード決済の上限設定等の管理権限を与えるとともに、利用明細と利用内容の分析などの付帯サービスをまとめて提供し、子供の金銭教育に利用させる。さらには家族全員のカード利用を自行に一本化させ、アプリやカード発行の月額利用料を徴求している。UpGradeは、Visa/Masterカードの利用額が全米50位内に入った最初のFinTech企業であるが、加盟店手数料と利用者からのリボ払いの金利手数料で収益を上げている。また、BNPL(Buy Now Pay Later)の先駆けKlarnaは、30日以内や2か月以内の3~4回払いは手数料無料で扱いながら、6~36回払いの分割手数料で収益を稼ぐ。このように、欧米や豪州の銀行では、個人向けビジネスにおいて、クレジットカードの加盟店手数料や分割払手数料、リボルビング払いの金利などとともに、BNPL手数料を個人からの主な収益としているところが増えている。

わが国における方向性

欧米銀行の個人向けサービス事業の収益の中心は、ローン収益のほかクレジットカード・デビットカード取引やBNPL収益がであることが分かったが、わが国では個人向けの重要業務として個人向けローンやクレジットカード・デビットカードの取り扱いを位置付けて日が浅い。それまでは振込手数料の占める割合が大きかったが、インターネット銀行・コンビニ銀行・デジタル銀行の扱う振込件数は2019年のコロナ前と比較し、2023年は倍増しており、地銀取扱件数に迫っている。、今後は無料送金の「ことら」利用が増えることも予想されることから、新たな手数料収益を確保する必要がある。

すでに国際ブランドカード決済は、税金の支払い、日用品の購入、教育費・医療費・美容費などの分野に利用が拡大している。寄付や投資にも利用可能であり、電子マネーの独壇場だった交通系決済分野も、私鉄を中心に来年の万博までには拡大が見込まれている。すると、預金者はもとより、主な金融サービスの対象外であった15歳未満の個人にも、文房具などの日用品の購入や飲食、交通費決済などの決済サービスを提供する必要がある。すべて、キャッシュレス決済となると、家庭でのいわゆる「袋分け家計管理法」も利用できなくなる。

そこで、未成年者への金銭教育と家計におけるデジタル家計管理を兼ねて、給与の振込先指定と家計簿管理サービスの契約を条件とした世帯の共同口座の開設し、同時に世帯全員にもれなく使途や年齢に応じたプリペイドカード、デビットカード、クレジットカードを物理カードとモバイルアプリで提供することが考えられる。未成年者の決済口座を親が管理することで、親の承諾のない高額支出を抑制しつつ、共同口座の入出金と予算管理が見える化できる。併せて、給与前払いサービスや貸越サービスの付帯、BNPL利用枠の提供、投資や積立、お小遣いや生活費の定額自動送金サービスといった世帯のお金の流れをすべて自行の共同口座で把握できる金融サービスを一定の条件のもと有料または無料で提供することで、収益を拡大することが考えられる。

そのためには、アクワイアリング業務を強化し、学校や地方自治体・関連団体も含め、自行のすべての取引先を加盟店化する必要がある。また、取引先の職員で給与振り込みを指定する人には、家計共同口座を提案し、世帯全員に国際ブランドデビットカード化プリペイドカードを発行する工夫が必要である。そうすれば、給与としての資金の受け入れから、預金の引き出しに代わる世帯員のカード利用の増加により、世帯構成員ごとのカード決済情報と口座の入出金情報が詳細に収集・分析ができ、将来の教育資金や転居、住宅購入などのローンニーズにフィットした提案を行うことなどが可能になるうえ、決済利用に応じた加盟店手数料収益が拡大する。併せて、家電製品や自動車等の購入費用など大口の資金ニーズとボーナスなどの収入のミスマッチを解消するために、給与前払いサービスやBNPLを提案すれば、融資収益や分割払手数料の収益も拡大する。

このように、今後はファミリー全体の家計の一元管理につながるサービスの有料提供、特に未成年者向け金融サービスがポイントになるのではないだろうか。

(校了後、JR東日本が楽天銀行のBaaSを利用して、JRE BANKを開始するというリリースがあった。膨大な顧客層を持つ交通系キャリアの銀行サービスの今後の展開に注目である。)

 
今回で私(吉元)のコラム連載は終わりです。2020年3月から4年間お付き合いいただき、ありがとうございました。

※本内容の引用・転載を禁止します。

pagetop