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第13回:ネットフリックスの強みの本質と「つながりの市場」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

“ネトフリ沼” という言葉があるらしい。ネットフリックス (Netflix) で映画やドラマを視聴しているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまう。「沼」に浸かっているかのような、すっかりハマってしまう状態のことのようだ。面白い映画やドラマを視聴し始めると止まらなくなるというが、さて、他サービスと比べて何が違うのだろうか。

“Netflix is a Data Company”

2015年、筆者がネットフリックスの技術者から聞いた言葉が衝撃的だった。既に、ネット上での動画配信や映画・ドラマのオリジナルタイトルの制作を手掛けていたころである。同社はコンテンツ制作・配信を手掛ける事業者かと思っていたが、その考えは浅かった。彼によると「データ企業がコンテンツの制作・配信もやっている」のだという。

「データ企業」とは何を意味するのだろうか。たしかに、同社のデータ分析技術は極めて高度だと聞くが、それが企業の存在価値を決めるほどまでに重要なことなのだろうか。

今回は、同社の強みの「本質」を考察しつつ、それが、本連載で繰り返し紹介してきた「顕名市場 = つながりの市場」においてどのような意味を持つのかを考えてみよう。

<ネットフリックスのリコメンド機能>

ネットフリックスのデータ活用事例は興味深い。中でも、視聴者向けにコンテンツをレコメンドする際のデータ活用は特徴的である。

ネットフリックスには人気コンテンツが多いとされる。コンテンツタイトル数では、ネットフリックスに対して、Amazon Primeが3倍以上、Huluは10倍以上を誇る。それでも、ある調査では、評価6.5以上の高評価のTVシリーズのタイトル数で、ネットフリックスはダントツの370本を数えた。(Huluは293本、Amazon Primeは232本)

(参考)
https://appllio.com/which-is-best-video-on-demand-streaming-service
https://forbesjapan.com/articles/detail/35312

ネットフリックスに人気タイトルが多い理由は、同社のレコメンド精度にある。同社サービスでは、検索から視聴するのは20%程度であり、残りの80%はレコメンド機能を通じて視聴される。実に “5分の4” がレコメンドからの視聴である。レコメンド精度の高さを考えると、それがコンテンツの満足度につながっていることは容易に想像できる。

(参考)
https://goworkship.com/magazine/netflix-binging-algorithm/

コンテンツのレコメンド機能ではデータ活用が鍵を握る。同社は、さまざまなデータを活用してレコメンドするコンテンツを決定する。さらに、その視聴者の好みに応じて表示する画像を動的に変更する (Artwork)。例えば、同じ映画 (ex.“GOOD WILL HUNTING”) であっても、恋愛モノやロマンティックな映画に興味を示す視聴者には恋人同士の画像を、コメディや楽しい映画に興味を示す視聴者にはコメディアンの画像を表示する。一人ひとりの視聴履歴や視聴行動、評価などに基づく高度なパーソナライズが、同社のレコメンドの最大の特徴である。

(参考, 画像も以下の記事より引用)
https://netflixtechblog.com/artwork-personalization-c589f074ad76

<ネットフリックスのオリジナルコンテンツ>

オリジナルコンテンツ制作でもデータが活躍する。視聴者の視聴履歴・視聴行動・視聴時間・評価など、さまざまな詳細データが動画・ドラマの制作方針に影響する。実際、2013年に初のオリジナル映画を世の中に送り出した時、当時のコンテンツ部門の責任者だったサランドス (現、共同CEO) は次のように述べている。

“新しいオリジナルドラマを制作しようというとき、ビッグデータを活用すれば適任の監督・俳優を割り出せるし、潜在的視聴者の人数も割り出せるんです。その1回目が『ハウス・オブ・カード』なんです。”

同社は映画やドラマなどのコンテンツ制作を大きく変えようとしている。ベテランプロデューサーの直感や過去の常識に縛られず、データを信じて (さらには、AIによる判断を信じて) 監督や俳優を選ぶ時代になるのかもしれない。

(参考)
https://toyokeizai.net/articles/-/289287

<ネットフリックスの3段活用と強みの本質>

ネットフリックスのビジネスは段階を経て大きく変遷してきた。便宜上、これを「ネットフリックスの3段活用」と呼んでおこう。1998年 創業直後は郵便を用いたレンタルDVDのサービスが主だった。2007年には、ネットの台頭を背景に、オンデマンドの動画配信をスタートさせた。さらに、2013年からオリジナルコンテンツ制作に乗り出し、今後はさらにオリジナルタイトルに比重を移していくと言われている。

注目すべきは、上記3段活用を通してデータ活用が強みの根幹をなしていることである。時代とともにサービスの内容は変化しているが、一貫して個客接点を持ち、個客の視聴データを (近年では視聴行動や視聴時間も) 集めてきた。さらに、データを活用して個客一人ひとりにあわせたレコメンドを提供してきた。なるほど、データが同社の強みの「本質」である。彼らが言う  ”Data Company” の真意も理解できる。

<ネットフリックスのデータ活用とつながりの市場>

つながりの市場ではデータに基づく価値共創が鍵を握る。第一義には、個客一人ひとりのデータをもとに個客一人ひとりに直接的なメリットを提供することが重要である。前述のレコメンド機能は、個客のデータ (顕名個人データ) に基づいて、視聴者にとって高度にパーソナライズされたサービスと言える。

加えて、そこで集まったデータが「製品やサービスを作る」ためにフィードバックされることも大きな特徴である。ネットフリックスではオリジナルの映画やTV番組の制作にあたって、視聴者の視聴履歴・視聴行動・視聴時間などのデータを活用する。同社の映画やドラマの制作現場において、データが新たなコンテンツを生み出す “キードライバ” になっていることは注目に値する。

<おわりに>

この連載では繰り返し「顕名市場」の到来について紹介してきた。ネットフリックスが個客一人ひとりを特定し高度にパーソナライズされたサービスを提供していることも、そこで収集・蓄積されたデータを新たな製品・サービスに活かしていることも「顕名市場 = つながりの市場」の特徴を活かした先進的な事例として位置付けられる。

余談だが、共同CEOのヘイスティングスは自社の競争相手を「睡眠時間」と言っている。死ぬほど見たい映画やドラマをリコメンドし続けて、視聴者が「睡眠時間」を削ってでも視聴すること。それこそがネットフリックスの目指す姿なのだという。

なるほど、「ネトフリ沼」はさらに深くなっていきそうである。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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