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アフターコロナ第21回:バーチャルカードは脱炭素化につながるか

吉元利行 コラム

中国ではゼロコロナ政策で居住区が閉鎖され、工場の操業が一部停止された。また、依然としてウクライナへの侵攻を続けるロシアに対する世界的な規模の制裁による輸出入制限で、各種資源の供給に支障が出ている。中でも、工場稼働中止等に伴う半導体の供給不足が気になるところである。半導体は「産業のコメ」と呼ばれるほど重要な製品であり、半導体を多用する自動車や家電製品などの製造に大きな影響を与えている。筆者は2月にパソコンを買い替えたが、スタンダード仕様なのに納品までひと月待たされた。また日刊工業新聞(5月4日電子版)によると、半導体の一種であるCPUを含むICチップの供給懸念からクレジットカードの交付の遅れにつながるのではないかとの懸念もあるようだ。

ICチップ搭載カードの役割

1970年代から使用されている磁気コード方式のクレジットカードやATMカードは、専用のリーダーを使えば簡単に記録情報を読み出せるので、組織的に偽造カードが作られ、2000年前後は年間170億円前後の偽造カード被害が発生していた。しかし、その後の接触型ICチップ付きカードに切り替えたことにより、カード番号やPINコード(暗証番号)などの情報はICチップのメモリに記録され、その情報に対するアクセスをCPUが制御するという構造になったため、外部から記録された情報に不正にアクセスしたり、読み出したり、改ざんしたりすることは非常に困難になった。2021年時点ではカード偽造被害はわずか1.5億円まで減少している。このようにICチップは対面取引におけるセキュリティ対策の切り札として利用されている。

報道によれば、ICチップの在庫は確保されているものの、高額で取引される自動車用ICチップとして優先される懸念もあるとされ予断を許さない。万一、クレジットカード・デビットカード・キャッシュカード用のICチップが安定的に確保されない場合、キャッシュレス化の取り組みが遅延することにもつながりかねない。

バーチャルカード発行の好機か

国策として取り組むキャッシュレス化の遅延は大きな問題になる。そこで、これを契機に物理カードを必ずしも必要としない層に対しては、積極的にバーチャルカード(記号等)の発行を推奨する必要があるのではないか。

すでに、オンラインでクレジットカードやデビットカード決済するだけなら、バーチャルカードですべて対応できる。対面取引でもスマートフォンのWalletアプリ(Apple pay, Google Payなど)にクレジットカードやデビットカードを登録しておけば、非接触ICカード対応の端末機で利用できる。

また、じぶん銀行・セブン銀行・イオン銀行・住信SBIネット銀行などのインターネット銀行などでは、現金引出用のキャッシュカードがなくても、スマートフォンアプリでATMから入出金ができるようになっている。デジタル専業銀行の「みんなの銀行」では、そもそもキャッシュカードやデビットカードなどの物理カードを発行していない。ATMや端末機のICカードリーダーを非接触仕様にすれば、もはや物理カードにICチップを埋め込まなくても既存のサービスを受けられる環境に移行しつつあるのだから、未着手の銀行などもこの動きに追随すればよいと思われる。

完全にデジタル化して物理カードを廃止すれば、ICチップ付きカード製造委託費に加え、会員に物理カードを送付する郵送料等が削減でき、経費率の改善にも役立つ。

プラスチックの使用削減と脱炭素化への貢献

物理カード廃止のメリットはそれだけにとどまらない。現在、クレジットカードは年間約6000万枚が発行されている。もしこれをそっくりバーチャルカードに置き換えると、カード1枚が約5gなので、300t規模のプラスチックの削減が可能になる。

またカードの製造過程におけるカードの輸送と会員宅までの配達、カード決済・承認やカードの廃棄といった利用時の電気・燃焼機関を必要とし、排気物を含めて膨大なCO2を発生させる。バーチャルカードであれば、決済処理関連を除き、二酸化炭素の大幅な排出削減が可能になる。金融業界のSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・企業統治)への取り組みとしても、大きな目玉施策になるのではないかと考えられる。

おりしも、クレジットカード取引は、割賦販売法の改正により、2020年4月より『取引条件の提供』方法やカード利用時の取引内容の通知が、書面から原則電磁的な方法に切り替えが行われている。併せてスマホ・PC完結型や同意を得た物理カード取引では、催告や期限の利益の利益喪失通知も電子化され、カード取引全体の脱炭素化が進む法環境下になっている。

CO2回収よりも、削減がより効率的

ところでSDGs推進の目的で、排出された二酸化炭素を回収する技術についての研究も進んでいる。例えば、九州大学工学部の藤川教授は、大気中から皮膜を通じて二酸化炭素を回収する仕組みの実証実験中だ。空気を圧縮して特殊な被膜を通過する過程で二酸化炭素のみを取り出すという。九州大学では、水素燃料電池自動車を開発する佐々木教授などの取り組みもあり、二酸化炭素を排出しない取り組みと二酸化炭素を回収する取り組みが並行して行われている。

その一方で、ブロックチェーン技術を利用した暗号資産、とりわけステーブルコインのような電子マネー型の決済の開発も進んでいる。これらの方式もキャッシュレス決済ではあるが、その構造上膨大なサーバー、パソコンを使用するため、莫大な電力を消費する。わが国の発電は、火力発電がまだ主力であり、太陽光発電や風力発電の安定的供給ができず、原子力発電も制限されるなら、取引が拡大すればするほど、二酸化炭素の排出面では大きな問題になりそうである。

クレジットカードやデビットカード等の取引でも、バーチャルカード決済になったからといって、完全な脱酸素化ができるわけではない。なぜならカード取引にはICカードの情報をよみ取り、売上処理を担う端末機が必須であり、売上承認プロセスも含めて取引を通じて電力が必要だからである。しかし、Android端末はすでに加盟店の非接触決済受付端末として利用できるようになっており、AppleのiPhoneも今後対応されるという。Android端末とiPhoneでバーチャルカードを受け付けられるようになれば、端末機も不要となる。そうなれば少なくとも、数百万台のカード端末機の製造・輸送・廃棄に係るCO2の削減もできる。

このように実効性のあるCO2削減対策として、この機会にバーチャルカード取引を標準とするように取り組むべきではないか。

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