Jライブラリー

〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第53回:変化の捉え方 〜 契約の話

中川郁夫 コラム

<はじめに>

はんこ押印ロボットの話題を覚えているだろうか。

図1. 「はんこ押印ロボット」(インプレス記事参照、*1)

2019年の国際ロボット展に興味深いロボットが登場した。デンソーウェーブ、日立キャピタル、日立システムズの3社による、押印ができるロボティクスソリューション「RPA&COBOTTAオフィス向け自動化支援」の展示だった。

同ソリューションはハンコの「押印」を自動化する。あらかじめ対象の紙を覚えさせ、押印箇所と対応する印鑑を登録することで、契約書をめくってハンコを押す工程を自動化するという。押印にかかる時間は1個あたり1分ほど、らしい。

(*1) https://www.watch.impress.co.jp/docs/news/1225300.html

これは「デジタル化」なのか?(笑)ハンコを電子化するのではなく押印する際の手作業をロボットに置き換える、という発想は度肝を抜いた。何のための技術活用だろう。ネットでもいろいろな憶測が飛び交ったが、ロボットソリューション「COBOTTA」の技術力に裏付けられた緻密な動きをアピールするためだった、と考えれば納得も行く。

一方、上記の事例はひとつのヒントになりそうだ。契約のシーンでどのような技術が利用できるか。さらには、技術が進歩した先に契約のあり方が変わる可能性はあるのか。そんなわけで(?)、本稿では「契約の新しいカタチ」について考えてみたい。

<電子印鑑>

最初に「はんこのデジタル化」について触れておこう。「年賀状のスタンプ」がその普及を後押しした。日本郵便の「手作り風はんこ作成ツール」などは有名だ。スマホから簡単に作成できることもあって、多くの人が利用したという。

ビジネスシーンで使う電子印鑑も登場した。Excel上で使えるツールもある。電子的に文書を作成・交換する際に、押印の代わりに電子印鑑を使いたいと思う気持ちは理解できる。

一方で、電子印鑑の法的根拠には留意が必要である。ハンコの印影を電子的に再現するだけなので簡単・便利な印象を受けるが、複製や偽造が簡単なことも想像に容易い。普通の印鑑は「本人の署名又は押印がある」ことを本人が書類を作成したと推定する法的根拠とするが(民事訴訟法第228条4項)、デジタルの世界では別の根拠が必要になりそうだ。

(*) https://dstmp.shachihata.co.jp/column/01200228/

<電子署名>

2001年に電子署名法が施行された。電子署名とは、電子文書の正当性を証明する方法のひとつで、公開鍵暗号方式を用いることを特徴とする。電子文書について、

 「本人による電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定する」

上記は、電子署名法の第3条の一文である。デジタルの世界では、印影の有無ではなく、電子署名によって数学的に改ざん・偽造がないことを推定できる。

<契約のデジタル化>

さて、ちょっと考えてみて欲しい。

  • ハンコ押印のロボットを導入
  • 電子文書に電子印鑑の印影を付与
  • 電子文書に電子署名

上記は、契約の内容について言及しない。いずれもデジタル技術を応用する話ではあるものの、契約時の押印手続きを置き換えているに過ぎない。これらは「手段」の話であり、本質的な「中身」の話には関与しない。

では、契約の内容が変わる、とはどういうことだろうか。以前も紹介した事例から「契約の新しいカタチ」について考察してみたい。

自動車保険の PHYD(Pay How You Drive)の例(第4回)を覚えているだろうか。運転した距離や時間に応じて保険料が算出されることはもちろん、安全運転かどうかが保険料に反映される。誰が、いつ、どこで、に加えて、どのように運転したか、をデジタルで(かつ、リアルタイムに)把握できることが、PHYDを可能にした。

自動車保険はデジタル技術の活用で大きく変容した。従来、自動車保険では、契約締結時に保険料が設定され、事故時にはその状態に応じて保険金の額が算出された。途中経過(運転しているときの様子など)について定量的に状態や数値を参照することは難しかった。一方、デジタル技術は、運転状況の把握を可能にし、可視化・数値化することを可能にした。結果的に、運転の様子を保険料に反映させることができるようになった。

技術の進歩は契約のカタチ(さらには、サービスのあり方)を変える。契約は「訴訟時の法的根拠」としての役割が大きい。これまでは「結果(例えば、事故による損害など)」を確認するしかなかったことも、技術の進歩で「経過(例えば、時間・距離・運転の様子など)」も法的に参照できるようになった。このことは、必然的に、柔軟な契約を(さらには、多様なサービスを)可能にする。

<変化の時代の思考法>

ここまでの話を「変化をチャンスに」の捉え方で整理してみよう。デジタル技術が進歩することで「契約」がどのように変わるか ~ 「変化の捉え方」が鍵を握ることは、すでにお気づきだろう。その違いはどこにあるのか。

デジタル技術で「手続きの効率化」を考えるのは「深化」に相当する。契約の内容ではなく、契約の手続きを効率化させるためにデジタル技術を利用する。はんこ押印ロボット、電子印鑑、電子署名は、いずれも深化に分類されそうだ。

デジタル時代に「契約のあり方が変わる」と捉えるのが「探索」に相当する。デジタル技術の進歩で参照できる情報が圧倒的に増える。そもそも、何のための契約なのか、に立ち返れば、技術の進歩に応じて、契約の内容は(さらにはサービスのあり方も)柔軟かつ多様化していくのは必然だろう。

この考え方は、デジタルサービスを企画する際のヒントになる。従来の常識(?)に捕らわれて実現できなかったサービスも、契約のあり方を見直すことでブレークスルーにつながるかもしれない。(もちろん、技術的、法的な裏付けは必要だが…)

<おわりに>

新テーマ「変化をチャンスに」では、変化を捉える視点と思考について考察している。今回も、身近な事例を参照しながら、次の2つを比較してみた。

  • ”What” を変えず “How” の変化を考える「深化」
  • ”Why” に立ち返って変化の先の “What” を考える「探索」

今回は「契約の新しいカタチ」について考察したが、実は、その先には「スマートコントラクト」などの、さらに興味深い契約モデルもある。契約のカタチが(さらにはサービスが)どう変わっていくのか。今回は誌面が足りないが、また、機会をあらためて紹介したい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

pagetop