Jライブラリー

Jintec Special Dialog4

ジンテック つなタイ-対談

Let’s Move On!‐先に進もう‐

人と人をつなぎ、新しい価値共創から、幸福を追求する。(ジンテック 企業理念)

Jintec Special Dialog “Let’s Move On!-先に進もう-”は、各分野で活躍する識者をゲストにお招きし、当社 代表取締役 柳 秀樹と共に、これからの組織や社会、世界、さらには人々の生き方や幸福について深く掘り下げ、「本当に大切なもの」を浮き彫りにしていく対談シリーズです。

「皆さんと共に、すべての人が幸福な、新しい世界を創造していきたい。」

私たちはそう願っています。Let’s Move On !

Let’s Move On!‐先に進もう‐Dialog 4

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役 渋澤 健 氏
× 株式会社ジンテック 代表取締役 柳 秀樹

■ファシリテーター:株式会社eumo ユーモアカデミーディレクター岩波 直樹氏
■対談日 2022年2月3日

第4回 Jintec Special Dialogのゲストは、日本の実業の父・渋沢栄一5代目子孫であり、『論語と算盤』を軸に日本における新しい資本主義の実現に尽力するシブサワ・アンド・カンパニー代表 渋澤 健 氏。「『論語と算盤』の「と」はバランスじゃなくて、合体すること、融合すること」と語る渋澤氏。2050年の日本が持続可能で幸せな社会であるために、今何をすべきか。当社 代表取締役 柳 秀樹と語りあいました。


「と」の力の時代

岩波:令和の時代は、新たな社会像を求めているように感じます。今日は新社会における会社や経営の在りよう、新しい資本主義などについてお話しを伺っていきたいと思います。

渋澤:アイスブレイクなしできましたか(笑)。

では、出会ったきっかけから入りましょうか。

岩波:いいですね。ぜひその辺りから。

10年くらい前、若い起業家を育成しようという話があって、そこに渋澤さんも入っていただいていたんですよね。その会合は2、3回で終わってしまったんですが、その後にお誘いを受けて“「論語と算盤」経営塾”に入塾したんです。2018年だったんですが、ちょうど記念の10期生で。学んでいる途中に新1万円札の顔が栄一翁へと変わることが決まったり(2019年4月9日発表)。

渋澤:最後のほうでしたよね。

1年学んできた終わりのほうでそんな話がでたもんだから、みんな驚きましたね。「まさかわれわれの期のときにこんなことが」なんて話していましたけど、さらに大河ドラマが決まってもう一躍。

渋澤:あの時ちょうど10期だったんですね。“「論語と算盤」経営塾”は、2008年か9年頃に立ち上げたんですが、私自身は小学2年生から大学まで海外にいたので、漢文も読めないし、そろばんも使えない。だから、実は『論語と算盤』はずっと読んでいなかったんです。だけど2001年に、自分の会社を立ち上げたちょっと後に『論語と算盤』をきちんと読まなきゃいけないと思いたって、勉強を始めたんです。そうしたら経済同友会で一緒だった、当時はローソンの新浪さんから「『論語と算盤』の勉強会をやっていますか?」というお電話をいただき、「やってますよ」とお答えしました。そこから経営塾の「ベータ版」が始まりました。『論語と算盤』を新浪さんみたいな経営者が手に持つと「俺はこう思うんだよなぁ」とか、どんどんアイデアが出てくるんですよ。渋沢栄一が昔なにを言っていたかというよりも、それに啓発されていろんな話題が提供されるのがすごく面白いと思ったんです。なのでその後“「論語と算盤」経営塾”を始めましたが、私が塾長として何か語るような感じではなくて、みんなでわいわいがやがやディスカッションしながら進んでいく方式なんです。

岩波:1つの期では何人ぐらいいらっしゃったんですか。

渋澤:10期は30人ぐらいいましたよね。

そうですね、30人ちょっと、40人弱。

渋澤:今は大河ドラマや新札の効果で50~60人ぐらいになっていて、すぐ定員になっちゃう。大河ドラマの時は本当にすごくって、半日で埋まっちゃった。

“「論語と算盤」経営塾”は大学生から70代の方までいて、幅広い人が同期になるのが面白いんです。全10章にオリエンテーションと最後のまとめを入れると12回だから、一年かかるんですよ。

岩波:どんなことが印象に残っていますか。

毎月チームごとに各章をまとめた発表をするんですが、発表の後に熱心な意見交換をしていくので、インプットとアウトプットの両方で、すごく勉強になる。しかも本当に層が幅広いから。

渋澤:そのアウトプット、ディスカッションの形が、後半になると崩れてくるんです。最初はみんな規定どおりにやるんですが、だんだんがっちゃがちゃになる(笑)。当初は自分が考えた規定どおりにやってほしいという思いがあったんですが、だんだんもういいやと思って。10期ぐらいからは「最初はこうですけれども、崩れていくものなので、どうぞ自由にやってください」と伝えて。『論語と算盤』は何十回となく読んでますが、いろんな人がいろんな形で表現してくれるので、私も毎回気付きがあるんですよね。

岩波:柳さんはどういう発表をされたんですか。

僕は第10章の「成敗と運命」という章だったんですが、勝ち負けもある種の運命であると。よく言う「人事を尽くして天命を待つ」みたいなことも一部には書かれていて、勝つとか負けるとか、結果だけにこだわるのではなく、それに向かうプロセスがすごく大事であるというようなことを発表しましたね。

岩波:経営だけでなく、人生そのものにも生かせますね。

そうですね。私は父を22歳で亡くしているんですが、論語のようなことをいろいろと教えてくれたんですよね。だから、論語の世界には親しみがあったんです。でも渋沢栄一の『論語と算盤』は、論語と算盤という対極にあるようなものをつないでいく。健さんはよく「『と』の力」といいますが、これをどうつなぐかを考えることは、多くの示唆に富むし、生きる上での知恵を感じます。

岩波:『論語と算盤』というと、対極にあるものだと思われますが、どっちかではない。論語をよく学んでいても現実を動かす力がなかったり、そろばんがめちゃくちゃ上手い人がいても、それだけではやっぱり駄目だったり。バランスが必要な時代なんだと思います。

渋澤:実は「と」というのは、バランスじゃないんですよ。合わせるということがポイントで、多様なバックグラウンド、地域や年齢、業種の違いを合わせる。がっちゃんこすることによって化学反応が起きて、新しいものができ上がる。だから、『論語と算盤』というときの「と」はバランスじゃなくて、合体すること、融合することだと思います。人間は簡単な解を求めるから、複雑なことをわかりやすくするために、白か黒か、1か0かと言いますよね。これは「と」じゃなくて「か」です。もちろんそれにはその役割があります。可視化するという意味では。だけど、可視化したからって新しい価値が生まれるわけじゃないと思うんです。むしろ、複雑な環境で複雑な関係者を合わせることによって新しい価値が生まれるんじゃないかな。

岩波:そういう意味では、健さんの勉強会はいろんな人が集まって、「と」の力を体感すること自体ものすごく貴重で、重要な場になっているように感じますね。

まさにそうですね。年齢層も幅広く、普段、会うような人でもない。価値観が違う人たちといろいろな話を、場合によっては深い議論をしていく。そういうことの重要性に気づかされました。渋沢栄一はいろんな人の意見をしっかり聞き、そこから熟考したそうなんです。ドラマでもそういうシーンがありましたが、いろいろな人としっかり議論を交わし、一方で排除しないというのは本当に素晴らしい思想で、多くを学ばせてもらいました。


論語と算盤を融合させた経営とは

岩波:バランスの問題ではなく融合だという話が出ましたが、経営において論語と算盤が融合している状態というのは、どんなイメージですか。

渋澤:結局は事業そのものなんじゃないかな。企業が持続するためには売上や利益と言ったそろばんが必要です。だけど、企業が社会に何か意味がある、価値があるものを届けていなければ売り上げが立つことはなくて、売り上げがなければ利益はない。結局、そろばんの源は社会における企業の価値創造なんですよね。社会という概念を論語に置き換えた場合に、それはある意味で同じことで、だから論語と算盤が合体していることによって価値が生まれるんです。言い換えれば、そろばんだけでは価値は生まれないと思う。

岩波:なるほど。でも、現代社会ではそろばんだけの数字も価値として感じてしまっているというか。

渋澤:そうですね。価値のメジャーメントの話ですよね。自分たちのパフォーマンスのメジャーメントを金銭的な、財務的な、バランスシートに載るような“見える”ところにおいている。それは別に悪いことじゃないと思うんですが、そこだけに着眼していると、経済的にいう外部性、簡単に言えば社会とか環境への影響を見過ごしちゃうと思うんです。自分の事業を単体で見て、それがどうやって利益を上げるかを追いかけるのが一番簡単で分かりやすいモデルですし、経済学もある意味ではそうです。でも実際には世の中は複雑で、いろんな影響がありますよね。本当は全部つながっています。

岩波:そのつながりをちゃんと感じられることが大事だと。

渋澤:これまでの資本主義は、財務的なところ、見えるところで自分たちのパフォーマンスを測定していた。でも新しい資本主義が目指すべきものを考えるときには、非財務的な、社会的な尺度でパフォーマンスやその源泉をみることが必要です。合わせて競争市場もその尺度でみていく。競争を否定する必要はありません。それこそが新たな市場です。

岩波:そういう角度から見て、競争してもらうというイメージですね。

渋澤:そう。渋沢栄一も競争を全く否定していなくて、いろんなところで競争は必要だと言っています。市場は「これには価値がある」と感じる人たちが、それを購入する場所。だから市場を否定しちゃうと、そもそもの価値創造のモデル、特に新しい価値創造のモデルが壊れてしまうので。

岩波:そうですよね。柳さんは社員さんの皆さんとも、今みたいな話をなさるんですか。

話していますよ。私は企業がサステナブルであるためには、お客さまに貢献して、喜んでいただいて、お代をいただくという循環が重要だと考えています。自分たちだけが良いだけでは駄目なので、循環させていくんだということを常に言っていて、例えばわれわれが富を得たらそれを寄付していくとかね。みんなそれにはすごく共感してくれていると思います。結局「よく散ずるものはよく集めるもの」であって、天下の回りものですから、循環させていたらまた戻ってきます。「よしよし貢献してくださいね」とお願いして出ていった諭吉さんは、たくさん連れてまた戻ってきてくれるんですね。それが今度は栄一先生になりますから。

岩波:ますますパワーアップしそうですね。

公益を考え無私であることですよね。自分もしっかりと幸せになり、周りも幸せになるということがすごく重要だと思います。

岩波:ご自分の体験から確信を持ってそういう経営をされている。

そうですね。

岩波:とはいえ、社員の皆さんに伝えるのは難しいところもあるんじゃないですか。

完全には伝わらないかもしれないけど、僕も部下だった時代がありますから。心理的安全性がなければ、本音なんか話さないというのを自分も体験してる。だから経営する側になったら、本音がしっかり言える環境を整えなければと思います。本音が言えて、心の底から一生懸命やれるような環境であるほうが、絶対にパフォーマンスはいいです。前野先生(※1)が幸せな人、幸せな会社のほうがパフォーマンスはいいと話されていますが、まさにそういうことだと思います。

※1慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 前野 隆司 氏
前野氏と柳の対談はこちらから


対話の重要性-本音が語れるかどうか

岩波:社内だけでなく、金融市場においても投資家と経営者の対話が重視されはじめていると思います。とはいえ、まだまだ本音が言いづらい世の中でもあると思うんですが。

渋澤:本音が言えないというのは、得るものが少なくて失うものが多いと思うからじゃないかな。「こんなことを言ったら、組織の中での今の、もしくはこれからの自分の立場が失われるかもしれない」みたいな計算が猛スピードで頭の中でされていて、それが習慣になっちゃっているんだと思うんです。もう一つは「言ってもどうせ何も起こらない」みたいな諦め感もあると思う。若い人が何か言ったら、「10年早い」とか「何、青臭いことを言っているんだ」みたいな感じで。そうすると「この組織は何を言っても無理だから、淡々と仕事して給料もらおう」という風になっちゃいますよね。対話ってキャッチボールで、相手が言っていることをちゃんと受け取って、それを自分なりに考えて、投げ返すということだと思うんです。よく「じゃあ考えておく」っていうじゃないですか。あれって今は考えたくなくて、面倒くさいから「考えておく」と言うんだけれども、本当は全然考えていない(笑)。そのままいくと何を言ってもこの組織、この上司は無理なんだという空気ができちゃいます。それが何年、何十年と続くと、それがその会社の常識みたいになっちゃう。

岩波:そういう空気がまん延している組織ってわりと多い印象があります。

渋澤:残念ながらそうですよね。だいぶ前から日本は新しい時代に入っているといわれているのに、まだ多くの組織が昔の成功体験を脱ぎ捨てることができていない。それを代表しているのが一括採用、終身雇用、年功序列なんだと思います。ずっとここにいると考えてたら「本音を言っちゃったら、来年のポストが分からない」とか、いろいろ考えちゃうじゃないですか。でも世界を見ると労働の流動性はますます高まっていますし、日本国内も転職が珍しくはなくなってきている。実は環境は大きく変わっているんだけれども、企業が、企業だけではなくて組合とかもね、変われない部分がある。なぜこのモデルがあの時代にできたかを考えてみると、本当にきれいなピラミッド型社会があって、規格が決まったもの、質の高いものを効率的にきちんと出せば売れた世の中だったんですよね。当時の日本はアジアでは競合相手が全くいなくて、ある意味ですごく恵まれた時代だった。だけど環境が変わり、競合も増え、規格品を工場から出荷するということだけでは評価されなくなってしまいました。じゃあ規格もの、工場ものじゃない、クリエイティブな新しい価値をどうやって作るのかと考えたときに、組織が工場型のモデルだとなかなか作れないんですよね。

岩波:にも関わらず、それを引きずっているところが相変わらず多いと。

渋澤:その時代に合った組織があるべきだと思います。あの時代にはものすごく合った素晴らしいモデルだったと思うけれど、今の時代にはあまり合ってない。全ての業種ではないですが。

岩波:そうですね。若者がすぐ辞めちゃうようになって、企業もそれを無視できなくなってきています。社内で本音が言える、対話ができる環境じゃないと人が抜けていっちゃう。

渋澤:若い世代は時代がどう変化しているかを肌感覚で分かっているから。

岩波:僕らより若い世代のほうが本能的にいろいろ分かっていますよね。

渋澤:刻々と変わっていく環境に適応できる若い人たちが活躍できないというのは、種としてもまずいですよね。

岩波:僕らは今、そのぎりぎりの地点にいるように感じます。


2050年の日本が繁栄を続けているには

岩波:健さんは『論語と算盤』を初めて読んだときはどんな感覚でしたか。

渋澤:私の日本での最高学歴は小学2年生ですから、全く読めませんでした。30代までは外資系企業のサラリーマンだったのもあって、読むインセンティブが全くなくて。でも自分の会社を立ち上げたことをきっかけに「人生が半分終わっちゃったなぁ」とかいろいろと考えることが出てきたんですよね。そんな時に『論語と算盤』と出会ったんです。『論語と算盤』は、1916年に出版された渋沢栄一の講演集です。演説など、彼が話したいろんな言葉がそのまま残っていて、そういう意味ではご先祖さまとの対話なんです。『論語と算盤』は「正しいことをしなきゃいけません」みたいなイメージがずっとあって、倫理的な資本主義について延々と読んでも眠くなっちゃうかもと感じてたんです。だけど、何度も読み返して考える中で、正しいことをするのはあくまで手段で、目的は社会を変革することなんだと気付きました。

岩波:なるほど。

渋澤:『論語と算盤』が書籍になった1916年、大正5年の日本は一般的に繁栄していた時代に見えますが「このままだったら日本は駄目でしょう」みたいに栄一は危惧しているんですね。栄一が亡くなった1931年11月、その2カ月前に満州事変が起こって、その後どんどん日本は変な方向に行っちゃった。歴史はリズム感があるということを考えると……。

岩波:もしかしたら今、同じようなタイミングがきているのかも。

渋澤:だから、そこに何が書いてあったかをきちんと勉強したほうがいいかなぁと。といってもとにかく面白かったんですよね。「あのときはこういう思いで、その後こうなったんだなぁ」みたいなことを知るのが。せっかくここまで来たのに、渋沢栄一さんはくやしかったんだろうなぁとか、いろいろ思います。目の前で崩れていく日本社会が見えたんじゃないかなと思うんです。

岩波:渋沢栄一は次の時代につないでいくための様々な変化を起こされましたが、私たちが今この時代で起こしていく変化にはどんなことがありますか。

渋澤:たくさんありますね。今、日本社会は時代の大事な節目に立っていると思います。2020年から人口動態が一気に逆ピラミッドになるんですが、昭和時代はきれいなピラミッド型社会になっていて、そこで成功体験をつくったんですね。そこから平成の30年間をかけてひょうたん型からスライドをしてきました。一見、社会は変わっていない。でも人口動態はずっとスライドしてきて、気が付いたらバッシングから素通りされるパッシングになっていたというのがこの30年。2050年を見たときに「日本は繁栄できない」とか「もう駄目だ」とかっていう世界しか見れない人が多いと思うんですが、昭和の成功体験の延長線上に線を引いていたらそりゃあ無理だよねという話です。

岩波:昭和の延長線上には明るい未来はないと。

渋澤:そうですね。ただ、人口動態の変化は確実に起こる“見える”未来ですが、不確実性による“見えない”未来もあると思っています。「悪いほうに転ぶかもしれないけれども、いいほうに転ぶかもしれない」、これが不確実性ですよね。不確実性のある見えない未来で僕が期待したいのが、ミレニアルの30代、20代、Zの10代です。日本国内だけ見ると、若手世代は人口が少ない“人口マイノリティー”で、たくさんいる先輩世代に押しつぶされるイメージしか持てないと思うんです。でも、彼らはデジタルネイティブで、生まれたときからインターネットで世界とつながっています。インターネットに国境はありませんし、自動翻訳とか自動通訳などはこれからどんどん進化していく。もし、ネット世代である彼らが「日本で暮らして、日本で仕事をしているけれど、自分は世界とつながっている」というマインドセットのスイッチを入れられたならば、見える世界は一変します。実は世界で今一番人口が多いのは30代、20代、10代の若手世代で、その多くが新興国、途上国にいます。そしてその多くが「仕事に就きたい」、「お金を稼いで生計を立てて家族を養いたい」と願っている。日本では当たり前だと思っていることですが、この当たり前のことを実現していくことで、まだかなりの成長の可能性がある。

岩波:視点の転換ですね。

渋澤:そうです。新興国、途上国には社会的、環境的ないろんな課題があります。だからこのバッジ(SDGsのレインボーカラーのバッジ)なんだと思うんです。大企業だけじゃなく中小企業もスタートアップも、東京だけじゃなく地方も、いろんな組み合わせで、いろんなかたちで。日本には大勢の人たちの生活を豊かにできる、持続可能な社会を支えていける可能性があると思うんです。世界の多くの国々、大勢の人たちの間に「日本はいいよね」「日本のおかげでわれわれの生活が成り立っているよね」という意識が広がるようになれば、これから繁栄することは十分あり得るんじゃないかと。昭和はメードインジャパンでしたよね。平成時代は「あなたの国で作ります」というメードバイジャパン。ここからの令和時代、僕はメードインだけでも、メードバイだけでもなく、“メードウィズジャパン”というモデルだと思っています。そうなれば十分日本の未来を支えられる。“ウィズ”というのは先ほどの「と」です。ウィズというのはバランスじゃなくて、一緒にするということ。こういったスイッチが入るか入らないかは、これからの繁栄の実現に直結します。そんなとても大きな節目に立っていると考えています。


原点回帰-資本主義から合本主義へ

渋澤:今の時代、われわれがやるべきは、若い世代のスイッチが入るような環境、社会、組織を整えること。「言っても無理だね」という状態をつくっちゃ駄目なんです。

岩波:スイッチを入れるほうの環境を整えていかなければいけないのに、残念ながら若者の感性を閉じるほうに力が働いているところもありますよね。柳さん、今のお話を聞いていかがですか。

やっぱりもう資本主義ではなく、合本主義なんだなと感じます。資本主義という言葉は少しわい曲して理解をされてしまっているような感じがして、合本主義と言ったほうがしっくりくるんです。渋沢栄一も欲は悪いことじゃなくてすごく大事だと言っていますし、競争もすごく奨励していますけれど、そういうことも含めて、本当はみんな幸せになるためにいろんなことをしているんです。だけど、豊かになっているように見えて、本当の豊かさには全然たどり着けなくて、むしろ今の日本は真の豊かさや幸福が崩壊しちゃっているようにも見える。もう一度その意義を取り戻して、行動を変革していけば、復活できるんじゃないかなと思いますね。

岩波:言葉の力は重要ですよね。「資本主義じゃなくて合本主義」というだけでニュアンスが変わります。資本主義は「お金を集めて何かをやる」ということですが、合本主義にはお金だけじゃなくて、人々の“思い”を集めることも含まれている印象がある。今はお金の力が強くなり過ぎて、実際にお金の力で動かせることも多くなり過ぎてしまっている。でもそれが本当の幸せとか豊かさにつながっているかといわれたら、そうじゃないようにも感じますよね。

渋澤:そうですね。渋沢栄一は資本家という言葉は使っていますが、僕の知る限り資本主義という言葉は使っていなかったですね。合本にはおっしゃるとおりお金だけではなくて、一人一人の思いや行いが含まれます。そういう意味では、新しい資本主義がやるべきは、日本の資本主義の原点である合本に原点回帰して、そこから未来を創造すること。このところずっと金銭的資本の向上だけに着眼してきたけれども、人的資本を改めて高めることによって、好循環が起こるんじゃないかと僕は思っています。そう考えると、ダボス会議やビジネスラウンドテーブルで言っている“ステークホルダーキャピタリズム”というのは合本主義だなと。ステークホルダーとは企業価値をつくっているそれぞれのもと。そのもとがそれぞれ役割を果たすことによって企業価値が生まれているということですね。

岩波:投資先の会社についても、人的資本を見ていらっしゃるんですか。

渋澤:そうですね。われわれは財務的な価値を“見える価値”、非財務的な価値を“見えない価値”と表現しています。非財務的価値にはいろいろありますが、それを一言で表すとしたら“人”です。人がいないと将来の価値はつくれませんよね。でも、資本市場で一番見えないものって会社の人じゃないかなと思っていて。経営者の顔はみえても、その会社の人たちが、どういう思い、どういう気持ちで出社しているのかということはほとんど見えない。それが実態だと思います。

岩波:健さんは投資先に行って、そういったところを見たりされるんですか。

渋澤:そうですね。ややゲリラ的ですが。例えば、投資した後にしっかりと関係を築いた上で、われわれと顧客である一般個人の投資家と一緒にやる、女性の活躍、健康経営、統合報告書といったテーマのワークショップ、あるいはセミナーの提案をしたりします。投資家との接点を警戒している会社もあるので、全てがやってくれるわけじゃないんですが、やってくれる時にはIRの人ではなくて、人事とかが出てきてくれることが多いんです。機関投資家はそういうところにはアクセスできないし、あまりしてもいない。でも人事の制度や「こういう思いでやっています」ということをいろいろお伺いするってとても大事なことだと思います。そうすると、見えなかったところがちょっとずつ、ピンポイントで見えてきて、会社全体も少しずつ分かってくる。その確認を繰り返すことが大切なんじゃないかな。

岩波:人的資本を見えるようにしていくにあたって、こんなことをやっていったら面白いんじゃないかというものはありますか。

渋澤:開示に対応できるマインドがある会社とない会社が当然あって、そこに差が出ます。だからわれわれもゲリラ的になるんですよね。一方、情報開示が共通のルールになって、全ての会社がやらなきゃいけなくなると、男女の比率とか測りやすいものになってしまう。最近のアメリカでは州ベースで企業の賃金を開示する動きが出てきているそうですが、平均ではなかなか実態が見えづらいので、年齢別とか職種別とか、いろいろ工夫ができるんじゃないかなと思います。そうするとリアルな実態が見えてくるかもしれませんね。

岩波:そういうことって重要ですよね、すごく。

渋澤:その企業に勤めている人たちは、転職を考えたり、実際にしたりしない限り、自分の労働価値ってほとんど分からないじゃないですか。会社の中での自分のポジションは何となく分かっても、社会的な自分の価値は分からない。でも、もし給与情報が有価証券報告書みたいに開示されていれば、「同じ会社、同じ業種、同じ年齢でこの金額なんだ、へぇー」みたいになりますよね。じゃぁ何でその給与なのかと言えば、君たちがもうけていないからという話であって、別に経営者が悪いんじゃないんだと。「経営者は払いたいと思っているから、もうちょっと頑張ってきちんと仕事しようね」とか、そういう対話もできる可能性があると思うんです。

岩波:これまで人件費はコストとして扱われてきて、減らせば減らすほど利益が出るように見えてきたと言うのもあるように思います。開示することで人件費を投資と見るようになればいいですよね。


WhatやHowからWhyへ

渋澤:日本人は自分たちができていないところや失敗したことを認めたくない気質が強いように感じます。健康経営の表彰などは、いつも似たような会社が上位に上がるんです。ちゃんとやっているから。一方で他の会社が「われわれはそこまで行けないから」みたいな感じで応募してこないという現象があって。ギャップ分析という、あるべき姿と現状を可視化することは大事なことだと思うんですが、ギャップがあると「自分たちはやっていない、自分たちはできていない」と辛くなってしまうというか。でもギャップを見ないって、結局は本音が言えないとか、組織のもやもやと繋がっていて、それを見ないで、三方良しですと言っちゃうのはちょっと違うんじゃないかと思います。

岩波:できていないところは見せたがらないという。でも、向き合わないとそこがずっと残ってしまいますよね。

渋澤:試験はもともとどのくらいギャップがあるかを調べるためにあって、それを明確にするから次のステージに行ける。でも調べなければそれができません。

岩波:達していないと評価が下がるから。

渋澤:確かに評価とか、いろいろありますよね。でも公表をしないまでも、社内のどういうところに課題があるかをしっかり見ないと。

岩波:柳さんは人的資本を投資という観点でみることについてはいかがですか。

柳:人的資本の可視化は、当社みたいな小さい会社では測る労力のほうが大変になっちゃう。なので、もっと単純に考えています。基本的に社員は労働によって食べていこうという方が多いわけですから、やっぱり給料が高いほうがいいんですよね。幸福の全てが給料で決まるわけではありませんが、1つの指標であることは間違いないと思いますし、給料に満足していると、お客さんに対してしっかりした仕事をしようという意識も生まれて、良いスパイラルになる。結果として全体的に伸びていくんです。だから、コストなんて感じじゃ全然なくて、むしろトップラインを伸ばす源です。業種によってもいろいろあると思いますが、当社は社員が創意工夫をこらしてお客さまに貢献するからこそ収益が上がる。結局はお客さんも、会社も、従業員も幸せになることを考える必要がありますよね。日本はバブル崩壊後の苦しい時に、コストの大きなかたまりに見える人件費に手を付けましたよね。でも、もういったん手を付けたわけですから、今後どうしていくかは、もっと考えをめぐらすべきじゃないかと。税引き後利益という計測できるところだけじゃなくて、計測できないところがトップラインを上げ、利益も上げ、株主満足にもつながると言う視点で取り組めば、術は見つかると思うんです。こんな小さな会社でもできますから。

岩波:柳さんは社内で対話の場所を増やすなどいろんな取り組みをされていて、実践を通じてその好循環を感じていらっしゃるんですよね。今、目に見えないものをどう捉えるかがすごく重要な時代になっていて、可視化が必要だと思うんですがいかがですか。

渋澤:可視化は手段であって目的じゃないんですよね。可視化されることには危険性もあって「こうやっていればいいんでしょう」と思考停止になっちゃう。

岩波:日本人は素直で真面目だから、基準を示されちゃうとそこに突っ走っちゃう。

渋澤:WhyじゃなくてWhatとかHowのところに留まってしまう。そんな危険性があります、可視化には。

岩波:健さんがつくられている場は、Whyの部分をしっかりと考えてもらう場になっていて、まさにそこが重要なんでしょうね。これからどんな活動をしていこうとか、こんなことを皆さんに投げ掛けていこうということはありますか。

渋澤:温泉に入ってゆっくり寝たいです。一番やりたい活動はそれです(笑)。仕事の面では、日本社会あるいは日本企業は素晴らしいことをたくさんやっていると思うんですが、それがうまく伝わっていないと思うんです。特に海外に知られていなくて、そこは何かしたい。僕自身はどちらかというとグローバルで、別に日本国に対する右翼的な願望はあまりないんですが、もっと日本人の素晴らしさが世界に見えるようになってほしいなと思うんです。

岩波:日本はいいものを持っているという。

渋澤:昔からそう思っていたんですよね。多くの人が「日本人は一人ひとりだと面白いし、いいやつだ」と認識してくれていると思うんですが、組織や国になった瞬間、その良さが見えなくなっちゃう。これは20代の頃から感じていた問題意識で、60代になった今でもそれが続いているということを考えると、残された人生の中で何か一石を投じたいなぁというのはあります。

岩波:そういう思いがあって動いていると、何かがまた実現されていくのでしょうね。柳さん、いかがですか。

柳:私どもはお客さまに育ててもらって、今があるんですよね。なので、恩返しをするためにどうしたらいいかなと。伸び盛りのネット系の会社さん以外の多くのお客さまは、かつての競争力を見出せなくなり、現状を苦しまれています。金融のお客さまもしかり、通信販売もしかりです。それに対して自分たちも知恵を絞ってなにか貢献することができないかなぁと。結局それは私たち自身が次のステップに上がるということでもありますしね。お客さまのほとんどは大企業なので、皆さまが力を取り戻すということは、日本のビジネス界や、地域社会が良くなっていくことに直結します。あともう10年ぐらいは何とか頑張れますから、力を注いでみたいと思っています。

岩波:ありがとうございます。勉強会をされるなど、会社を越えたつながりをたくさんつくられていますよね。そういうことにもすごく尽力されている。

柳:そうですね。

岩波:健さん、柳さん。今日はありがとうございました。今回の対談を読まれた皆様、ぜひ「と」の力を活かして、それぞれができる経営や取り組みを促進していっていただけると幸いです。

※感染対策を十分行った上で対談・撮影しております。


【対談パートナー】
渋澤 健 氏
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
コモンズ投信株式会社 取締役会長

複数の外資系金融機関およびヘッジファンドでマーケット業務に携わり、2001年にシブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業し代表取締役に就任。07年にコモンズ株式会社(現コモンズ投信株式会社)を創業、08年に会長に就任。21年にブランズウィック・グループのシニアアドバイザーに就任。経済同友会幹事、社会保障委員会およびアフリカ開発支援戦略PT副委員長、岸田政権の「新しい資本主義実現会議」など政府系委員会の委員、UNDP(国連開発計画)SDG Impact Steering Group委員、東京大学総長室アドバイザー、成蹊大学客員教授、等。著書に「渋沢栄一100の訓言」、「SDGs投資」、「渋沢栄一の折れない心をつくる33の教え」、「超約版 論語と算盤」、「銀行員のための「論語と算盤」とSDG」、他。

【ファシリテーター】
岩波 直樹 氏
株式会社 eumo 取締役 ユーモアカデミーディレクター
株式会社 ワークハピネス Co-Founder
一般社団法人 ユーダイモニア研究所 理事

大学卒業後、富士銀行(現みずほ)入行。2002年ワークハピネスを共同創業。組織開発、人材開発を専門領域に現在も活動中。2017年社団法人ユーダイモニア研究所を共同発起人として立ち上げ、理事に就任。ポスト資本主義等の次世代社会システム創造の研究と実践に取り組む。2018年11月~2019年6月、内閣府知財戦略本部価値共創タスクフォース委員に就任。大企業のオープンイノベーションおよび新たな時代の社会創造についての知見と具体的アクションを促進する報告書をまとめる。2019年株式会社eumo立ち上げに参画。同7月取締役就任。人間性の発達や認識の拡大をもたらすためのeumo Academyを設立しディレクターを務める。

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