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第31回:「市場構造の変化とデータ活用モデル (1)」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

友人の行動が面白い。ポイントカードの利用頻度が半端ない。

本屋でピッ。
コンビニでピッ。
レストランでピッ。
ホテルでピッ。
床屋でピッ。

ポイントカードを使う人は多い。日本はポイントカード王国とも言えるほど (ホントか? 笑) 多数のポイントサービスが存在する。財布に何枚もポイントカードを持っている人もいる。店頭で「◯ポイントカードはお持ちですか」の声も聞き慣れたことだろう。

先日 (7月末)、ポイントカードの「データ」を使った新サービスがニュースになった。新サービスはTポイントに関連する。新サービスの利用企業は、T会員のさまざまな情報を参照・利用できるようになる。Tポイントには利用者に関するさまざまなデータが紐付けられているが、それらのデータが、識別子 (メールアドレスか電話番号) で突合して参照できるようになるという。

上記の新サービスは、一見、顕名市場の考え方に近いように見える。本連載で紹介してきたように、個客一人ひとりのことを理解してサービスをするのは顕名市場の特徴である。そのためには個客のことをデータで把握するのは必然だろう。

一方で、多少なりともドキドキする人もいるのではないだろうか。

怪しいビデオを借りたことや、
人に言えない雑誌を買った件や、
コンビニでスイーツばかり買ってることなど(誰の話やねん、笑)、
いったい、どこまで参照されるのだろう。

この新サービスにちょっとした不安を感じてしまうのは私だけだろうか。顕名時代に向けて、より詳細なデータを参照できるはずなのに、ワクワク感よりもドキドキ感のほうが先立ってしまうのはなぜだろう。

この違和感は、匿名市場と顕名市場でのデータの捉え方の違いが背景にありそうだ。市場構造の変化とともにデータの集め方、データの使い方、データが生み出す価値は大きく変化した。上記の事例をヒントに、今回、及び次回の2回を使って、市場構造の変化とデータ活用モデルに関する考察をしたい。

<CDP for LIFESTYLE Insights>

先日 (7月末)、大きなニュースが流れた。Tポイントのデータを扱うCCCマーケティング株式会社と、ビッグデータの先進的な企業であるトレジャーデータ株式会社が共同で新たなデータビジネスを立ち上げるという。

サービス名称は “CDP for LIFESTYLE Insights”。CDPはCustomer Data Platform (顧客データ基盤)の略。顧客のライフスタイルに関する深い洞察を得るためのデータ基盤を目指したものと考えるのが良いだろうか。

マイナビの記事には以下の記述がある。このサービスを利用する企業は、T会員データと、自身が持つ顧客データを連携するようだ。

『利用する各企業がもっている自社データ(1st Party)を個人識別子単位で事前に同意を得たT会員データと連携できる点が大きな特徴』

(参考) https://news.mynavi.jp/techplus/article/20220728-2410369/

気になるのはT会員データとは何か、だろう。同記事にある記述が参考になる。

『CCCが持つデータベースには性別、生年月日、居住地などの会員属性のほか、
既婚/未婚、子供の有無などアンケートによるライフスタイル情報(全25項目)、衣・食・住などの志向性データ(全370項目以上)を持っている。購買履歴は、Tポイント加盟店であるスーパー、ドラックストア、コンビニなどやTSUTAYAがあり、今後は1秒単位のテレビ視聴データも取り込む予定だという。』

CCCが持っているデータの種類や数に驚く。利用者が店舗で購買するときのデータだけかと思ったら、AIを用いて志向性を分析したり、アンケートからライフスタイル情報を集めていたり、と様々なデータが蓄積されているようだ。

個別データの特定には個別識別子を用いる。マイナビの記事に以下の記述がある。

『個別識別子は、メールアドレスか電話番号のいずれかになるという。』

突合によって個人の特定は容易だろう。メールアドレスや電話番号が分かれば、企業側では個人に紐づく様々な情報とリンクさせることが可能になる。個々人を特定する形で様々なデータを参照することでターゲティング広告を配信したり、新商品の案内をしたり、などの応用が予想される。

<市場構造の変化とデータの役割>

前述の新サービスの登場は、市場構造の変化がデータビジネスに大きな影響を与えていることを示唆する。従来は匿名市場を中心に統計やマクロ分析が重宝された。今は、個人を特定し個客一人ひとりへのマーケティング (第30回で解説した広義のマーケティングの意) を重視する時代にシフトしている。

従来は匿名市場を前提としてきた。収集したデータを匿名加工し、統計処理後、市場の傾向やセグメンテーションに関する情報を参考に新商品開発を行うケースが多かった。そこでは「どれだけ売れるか」が重要であり、個人の特定は不要だった。T会員のデータについても、提携先 (パートナー的な位置づけ) には属性や傾向データなどの、統計データを提供することを主としてきた。

(参考) https://www.ccc.co.jp/customer/

顕名時代は「個客一人ひとりに特別な体験を提供する」ことが重視される。本連載で繰り返し紹介してきた通り、個客を特定してこそ体験に価値が生まれるのが顕名市場の特徴である。統計情報ではなく、個客を対象とする個別データが意味を持つ。

前述の新サービスは顕名市場に近い発想にも見える。新サービスを利用する企業 (従来モデルの提携先に相当する) は、データを突合し、個人を特定する形でデータを参照する。市場構造の変化にあわせて、匿名の統計データを扱うモデルから、顕名の個人を特定するデータを扱うモデルへのシフトを狙っている。

一方で、同サービスには違和感が残る。ニュース記事からも、両社のプレスからも、ワクワク感が伝わってこない。本連載で紹介してきた事例のような、個客にとって魅力のあるサービスとは少し違う気がする。以下では、その違和感についても考えてみたい。

<データビジネスの構造と違和感の正体>

前述 ”CDP for LIFESTYLE Insights” の構造を考えてみよう。データの流れと、データが生み出す価値について考えてみるとわかりやすいだろうか。

データは顧客からCCCを介して第三者に向かう。当該サービスはCCCマーケティングが有するT会員に関するデータと、トレジャーデータが有するTreasure Data CDPを組み合わせたものである。その新サービス (CDPサービス) を利用することで、第三者である利用企業がデータを参照する。

当該サービスの利用企業は得たデータが価値を生み出すことに期待する。その価値はマーケティングの新たな手法だったり、新商品・新サービスの開発だったりが考えられるが、それが、もともとの消費者であるT会員にどのように還元されるかは、現時点ではわからない。

当該サービスの利用企業はサービスの利用料を支払う。受け取るのはCCCマーケティング、もしくはトレジャーデータである。残念ながら、その利用料も消費者であるT会員に直接的に還元されることはない。T会員には既にポイントを付与しており、同意に基づいてデータを利用するので当然なのかもしれないが。と考えると、ポイント付与は、T会員に紐づくデータをCCCマーケティングがビジネスで利用するための保証料的な位置づけに近いようにも見える。

さて、既に、みなさんお気づきだろう。

当該サービスは、第三者であるサービス利用企業のための仕組みである。新たに生まれるデータの流れも、付随するお金の流れも、当該サービスとその利用企業の間で完結する。

同サービスは「個客一人ひとりの体験を提供する」ことを主目的とはしていない。従来の匿名市場の構造を前提にデータの価値を向上させようとしたのは理解できるが、個客への価値還元や個客一人ひとりの体験を提供することができなければ、顕名モデルで理解しようとしても違和感が生まれるのは当然だろうか。

同モデルでは、新サービスの利用企業が「個客一人ひとりへの体験を提供」することに期待がかかる。だが、現時点ではそれが何かはわからない。同モデルでワクワク感が生まれるかどうかは、将来、利用企業が提供する「個客体験」次第なのかもしれない。

<おわりに>

今回は新しいデータサービスの登場をヒントに、市場構造の変化とデータ活用モデルについて考察した。CCCマーケティングとトレジャーデータが共同で開発した新サービス “CDP for LIFESTYLE Insights” は変化の時代の価値創造を考える重要なきっかけになりそうだ。

そういえば、大事なことを書き忘れていた(ネタとして残しておいた、笑)。

この新サービスはT会員の同意済みのデータを対象とする。個人の消費行動と、そこから推測されるさまざまな情報を第三者に提供するので当然だ。ちなみに、今回、7000万人以上の同意済みのデータが対象になるとも言われる。Tポイントのほぼすべての利用者が同意済みということだろうか。

え? 同意した覚えがない?

顕名市場では「同意した覚えがない」などという状態はあってはならない。その意味では、本稿で紹介した新サービスは、さらに考察すべき重要な視点もありそうだ。

顕名市場ではデータの活用は必須である。個客一人ひとりに特別な体験を提供することを前提に、個客と事業者がさまざまな価値を共創する。そのためには、信頼を前提とするデータの共有は必然といっても良い。

次回は、顕名市場におけるデータ活用モデルの前提条件について考えてみたい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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