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第43回:「データ戦略と信頼モデルの話(3)」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

こんな記事を見つけた。

 「急な出張が入った。手伝ってくれる人を探している。お礼はする。
  ある人から荷物をもらってくるだけ。」

ちょっとしたバイト感覚だろう。ネット上で紹介してもらった人から、荷物を運ぶだけで相当額(数万円)のお礼をもらったという。

これは特殊詐欺の「受け子」と呼ばれる役。犯罪の片棒を担ぐことに相当し、詐欺罪にあたる。簡単・高収入に惹かれて若者がバイト感覚で引き受けることがあるようだが、もっとも検挙されやすい役回りで、弁護士への相談も多い。法的には「故意」かどうかが論点にされるが、状況から「怪しいバイトかも」と思わないほうが不自然で、故意でないことを立証するのが難しい、と言われる。過去には実刑を受けたケースも多い。

「できる」と「してよい」は違う。当たり前だ。ほとんどの人は「法に触れることをすべきではない」と考えているだろう。一方で、上記の手口にひっかかる学生が多いのはどういうことだろう。分かっていて犯罪に手を染めるのは論外だが、犯罪と気づけるかどうか、も大事な視点なのかもしれない。

それにしても、世の中はどうなってしまったのだろう。特殊詐欺もそうだが、次から次へ新しい犯罪が生まれ、知らないうちに騙されてしまったという話が絶えない。おまけに、そのひとつひとつの被害・影響が大きすぎて、おちおち「安心」していられない。

本稿では顕名市場における信頼について「安心」の視点から考えてみたい。本シリーズは、顕名市場へのシフトを背景に「データ戦略と信頼モデル」を考察する。前回は「能力」について議論した。続編として、今回は「安心」の視点から考察する。

<利用者が知るべき法制度>

様々なサービスを利用する際に、利用者が知るべき法制度は多い。例えば、海賊版の(権利者に無断でアップロードされた)音楽や映画を、海賊版であると知りながらスマホやパソコンなどに取り込むことは違法である。映画館でカメラ男が捕まっているシーンを覚えている人も多いだろう。書籍、音楽、動画、etc. は著作権法の対象になる。

 https://keiji.vbest.jp/columns/g_other/5755/

世の中には「名簿販売」なるサービスが存在する。営業先情報として企業の企業の役員や各種役職者の名簿を販売しているらしい。名簿業者から個人の名簿を購入すること自体は禁止されていないが、留意点がいくつかある。端的にいうと、購入する名簿の情報が適切に(適法に)入手したものであることを「利用者が」確認することが求められる。そのため、名簿の購入の際、相手方が個人データを取得した経緯などを確認・記録したり、名簿事業者が個人情報法保護委員会に届け出ているかを確認することが求められるとされる。

 https://www.ppc.go.jp/all_faq_index/faq1-q4-2/
 (参照:個人情報保護法 20条1項、27条2項・3項、30条、他)

違法な個人情報の入手の事例はよく耳にする。ここで個別の情報は扱わないが、少し調べて見るだけでも、個人情報の漏洩・流出に伴う違法な名簿販売の例などは枚挙にいとまがない。留意したいのは「仲介者」あるいは「利用者」にも法的な疑義がかかることである。情報の盗用や意図的な漏洩をした当事者は論外としても、第三者がその情報を扱うことも法的に問題がある、ことを理解しておくことが重要だろう。

デジタル時代、情報を扱う「利用者の責任」は大きい。利用者が法制度を理解し、そのサービスが適法であることを理解・確認することが求められる。法的には「故意」かどうかを問われるが、冒頭の例の通り、今の時代に「知らなかったことを証明する」ことのほうが難しい。利用者が「そのサービスを利用しても良いか」を判断するための知性が求められる時代になったのかもしれない。

<安心>

前述の議論は、企業と個客の「安心」の関係を考えるヒントがありそうだ。以下は、本シリーズで参照している「信頼の構造」を踏まえ、特に「安心」の視点から企業が提供するサービスのあり方を考察してみたい。

顕名市場では、企業と個客の関係構築に「安心」はかかせない。顕名市場では、企業が個客を知り、個客を理解することが大前提になる。個客データを扱うのは「必然」である。だからこそ、企業が法令・法制度に従って個客データを扱うことが重要になる。

信頼の構造に関する研究では「安心」を「規律と罰則」の視点で捉える。例えば、2者間の関係において、一方に法令に違反することがないこと、さらには、法令に違反した場合に適切な罰則が与えられることが「安心」につながると考える。 法令が一定の基準を定義し、罰則が基準を超えた行動を抑制する、と考えると納得感があるだろうか。

顕名市場では、個客が企業のサービスを利用する際にも、さらには、個客が自身のデータを企業に預ける際にも「安心」は必須と考えて良いだろう。

<おわりに>

前々回 (第41回)からスタートした本シリーズでは、顕名市場における「データ戦略と信頼モデル」について考察している。顕名市場では個客とのデータ共有は必然である。そこでは信頼モデルが肝である。サイバー文明が富の源泉を「信頼」と考えるように、個客データを集め、企業と個客の「関係」を構築・更新していくためにも「信頼」は大前提である。

今回は「信頼」を考察する前段として「安心」について議論した。「安心」は「意図に対する期待」の一つと考えられる。規律があるから、規律を破ると罰則があるから、搾取的な行動はしないだろうと期待することとも言える。

参考までに、以下に前回紹介した信頼の要素について再掲する。

 ・能力に対する期待(モノやサービスの質、あるいは技術的な視点での期待)
 ・意図に対する期待(相手が自己利益のために搾取的な行動をとらないことへの期待)
    ・安心(規律と罰則に基づく安心)
    ・信頼(人格や関係に基づく信頼)

前回は「能力に対する期待」の視点で、今回は「意図に対する期待」のうち「安心」の視点で議論した。次回はいよいよ「信頼」について考察したい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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