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アフターコロナ第11回:ペーパーレス化だけはない、真のDXに向けて

吉元利行 コラム

コロナワクチン接種も済んだので、緊急事態宣言明けにキャッシュレスの導入状況と課題の調査に出かけた。併せて、現地の博物館や資料館、名所・旧跡なども見学した。そこで改めて感じたのは、ほとんどの施設で紙の入場券・入園券が交付され、現金でしか購入できないということ。紙の入場・入園券には、象徴的な景色や作品などが印刷されており、記念として残しておくことに意義を感じるが、大部分の利用者は、すぐに廃棄する。入場する施設は、入場口と出口以外は原則閉鎖されており、受け取ったチケットを再び提示した経験は今までないといってよい。したがって、紙資源の無駄使いと印刷にかかる電力使用による二酸化炭素の排出問題が気になる。また、現金払いでは、窓口の係員は不特定多数の入場・入園者と接触することになり、不衛生な状態に置かれていることも懸念される。

デジタル化は進みつつある

人生を振り返ると、紙の入場券が必須の時代が長かったが、この常識はすでに日常からは消滅しつつある。その典型が、鉄道利用である。かつての鉄道は切符を購入し、改札口で駅員に使用開始を意味するハサミをいれてもらう(もう知っている人は少ない?)か、日付の入ったスタンプを押してもらい(これらを「改札」という)利用した。“改札”という言葉自体が紙製などの札の存在を前提としていた。その後、切符は磁気付の乗車券と磁気式プリペイドカードに代わり、駅員の数は減った。現在では、主要な駅での通常乗車や定期券、グリーン車乗車券、新幹線乗車券の利用などは、専用アプリによりNFC式の自動改札機を通過できるようにデジタル化が進んでいる。またクレジットカードやデビットカード、デジタルウオレットを利用した改札ができるところも出てきている。

Jライブラリー|アフターコロナ第9回:交通機関での新しい非接触決済が拡大している (jintec.com)

このように、切符に関しては、完全ペーパーレス化が目前に迫っているように感じる。

デジタル化だけでよいのか

しかし、最新式の技術を使わなくとも、ペーパーレスは実現できる。かつて、小規模な遊園地や臨時の施設などでは、掌に入場料支払い済みを意味するゴム印が押されてていた。ゴム印があれば、入場券などを紛失することなく、他人に不正譲渡もできない。水溶性のインクを使えば、利用後は水洗いで簡単に消し去ることができる。ゴム印の作成コストは安く、繰り返し使えるし、ゴミも出ず、ペーパーレスである。ただ、この方式では別途現金をきちんと管理しないと何人入場したか、施設から全員が退場したかが不明であるなど、安全管理面で問題である。一方、入場管理をデジタル化すれば、キャッシュレスで資金管理ができ、現在の入場人数なども管理できるので、ペーパーレスを達成したうえに、メリットがあるように見える。

しかし、これでは紙媒体をデジタルな媒体に置き換えただけであり、切符が交通系電子マネーに代わったのと何ら変わりがなく、合理化・効率化を目的としてアナログな業務がIT化・デジタル化できたに過ぎない。

真のデジタルトランスフォーメーションへ

今回のキャッシュレス事情調査には、4月に始まったJR東日本のTOHOKU MaaS(Mobility as a Service)の取り組みを体験するという目的があった。JR東日本は、JR 線だけでなく、地域のバス、飲食店や施設、日帰り入浴などで利用できる共通チケット、特定区間のワンコインタクシー、旅行プランニングサービス、観光地の散策に便利な乗合交通サービス「オンデマンド交通」などの予約・決済がスマートフォン1つで行えるTOHOKU MaaSを東北各県で提供しているのだ。

 (いずれも角館にて利用。筆者のスマートフォンから)

TOHOKU MaaSは、一日乗車券やフリー切符をデジタル化しただけでなく、鉄道を降りてすぐに荷物を預けるであろうコインロッカーの事前予約ができ、観光地でのレンタサイクルやオンデマンドワンボックスカーの予約と決済もできる。さらには、観光施設等の入場券さえも事前購入しておくことができ、東北地方を周遊する利用客に自由にストレスない、「シームレスな旅」を提供しようとしている。

すでに海外では、乗車記録情報を含めた利用者の行動履歴や商品等の購買履歴を分析して、顧客のニーズに合った金融サービス、日常の移動や飲食、旅行や宿泊、観光のサービスツールにスマホ決済アプリを組み込んで、個別の決済を意識せず生活ができるサービスを提供しようとしている。

TOHOKU MaaSは、まだ試行の段階で、参加する事業者も多くなく、十分に顧客ニーズを満たすものではないが、JR東日本のグループ経営ビジョン「変革2027」に向けた取り組みの試行の一つと思われる。グループ経営ビジョン「変革2027」は、JRE POINT会員を中核に、鉄道などでの移動情報、JREモールや提携ECサイトなどでの購入情報、JREカードによる決済情報といったビッグデータを分析し、各サービスを幅広く結び付けようとしている。それにより、新サービスの導入を拡大・加速するとともに、個別ニーズにきめ細かく対応し、 多様なサービスをワンストップで提供することにより、お客さまの「ストレスフリーな生活」を実現するという目標を掲げている。

 JR東日本は、電子マネーSUICAを自社業務の効率化、合理化などの目的で導入したが、いまでは駅ビル・エキナカでの買い物、他の交通機関の利用まで範囲を広げている。利用客が居住する街中の商店等での決済、旅先への移動や観光における情報提供や決済をも行うことで、新たな環境、新たな分野でビジネスの在り方を再構築するDX(デジタルトランスフォーメーション)への模索を進めつつあるといえよう。

(出典:JR東日本 グループ経営ビジョン「変革2027」について)

※本内容の引用・転載を禁止します。

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