Jライブラリー

第29回:「市場構造の変化とマーケティングの関係」

中川郁夫 コラム

<はじめに>

”Crazy Ones” (いかれた奴ら) という言葉をご存知だろうか。1997年にスタートしたAppleの有名なテレビコマーシャルのタイトルである。アインシュタインなど、かつてクレージーと呼ばれた偉人を紹介し、「世界は変えられる」というメッセージが流れた。

(参考) https://www.youtube.com/watch?v=TX173u2Ry7A

Appleは“Think Different” をキャッチコピーに大々的なキャンペーンを行った。この言葉、聞き覚えのある方も多いだろう。スティーブ・ジョブズは、AppleのCEO (最高経営責任者) に復帰した直後、氏の哲学を表現するこの言葉を打ち出すことで、同社の新しい時代のブランドイメージを創り出した。

(参考) https://ja.wikipedia.org/wiki/Think_different

Appleの取り組みは新しい時代のマーケティング手法として高い評価を受けた。同CMは製品やサービスの紹介は一切しない。”Think Different” のコンセプトとともに、企業のブランディングを強く打ち出すスタイルが高い注目を集めた。実際、上記の “Think Different” を打ち出したテレビCMは、後に、エミー賞最優秀広告賞やグランド・エフィー賞などを受賞したことからも、市場の関心の高さが伺える。

筆者の知人にはApple信者 (同社の製品をこよなく愛するユーザー) が多い。同社のマーケティングに見事なほどに乗せられている、と感じるほど同社製品を購入している。という筆者も、パソコンは MacBook シリーズを数台、スマホも iPhone シリーズを何台か持っているので、人のことをどうこう言える立場ではないのだが (笑)。

マーケティング手法は時代とともに大きく進化している。製品の機能と価格を重視した従来の手法と比較して、上記のAppleの手法は明らかに別次元の世界観を創り出した。一方、世の中の変化に注目すると、その後の市場構造の変化が、さらなるマーケティング手法の進歩を促していることも見えてくる。

以下では、マーケティング理論について考察してみたい。といっても、マーケティングの勉強が主題ではない。市場構造の変化はマーケティング理論と表裏一体である。今回は、本連載の趣旨である「匿名市場から顕名市場へのシフト」の視点から、マーケティングの理論をどう捉えればよいか、を考えてみたい。

なお、マーケティング理論の進化を追いかけるのは思ったよりオオゴトになる。どうやら、1回の記事では収まりそうにないので (笑)、今回・次回の2回に分けて考察をしてみようと思う。

<マーケティング理論の進化>

コトラーの名前は聞いたことがあるだろう。「近代マーケティングの父」、「マーケティングの神様」と評されるほどの人である。フィリップ・コトラー(Philip Kotler、1931/5/27〜)は時代とともに様々な視点からマーケティング理論を唱えてきた。

マーケティング理論は時代とともに進化を続けている。コトラーによるとマーケティング理論は1.0から5.0まで進化した。以下、それぞれのエッセンスと時代背景、さらに市場構造の変化との関係について触れてみたい。

なお、紙面の関係で今回はマーケティング1.0〜3.0を対象とする。4.0と5.0は次回の記事で解説・考察をするのでそれまでお待ちいただきたい。

<マーケティング1.0 (1900〜1960年代)>

当初、マーケティングはマス向け(大衆向け)の製品中心の考え方が中心だった。産業革命以降、大量生産・大量消費の時代に突入し、匿名大衆に向けて、製品を効率的に売り、利益を最大化することを目的としてマーケティング理論が確立された。

この時代、製品と価格で需要をコントロールできたとされる。市場への製品の供給が限られており、企業がお客様よりも優位な立場だった。製品の価格を下げることで需要を増やし、市場全体を大きくすることで利益を増やすことが重視された。

マーケティング4Pの概念が構築されたのもこの時期である。4Pモデルは、マーケティングのもっとも基本的な考え方の一つで、以下の4つのPで整理される。

  • Pruduct(製品)
  • Price(価格)
  • Place(流通)
  • Promotion(広告・宣伝)

マーケティング1.0は典型的な匿名大衆向けのマーケティング理論である。本連載の読者であればお気づきだろう。上記、4Pにお客様に関する情報は含まれない。広告・宣伝はマス向け に製品のことを伝える場だった。産業革命以降、電波・印刷の発達に伴い、放送や新聞などのマスメディアが媒体として活躍した。

<マーケティング2.0 (1970〜1980年代)>

その後、マーケティングは「市場」を意識するようになる。1970年代、技術発展に伴う低価格化を背景に市場の競争が激化した。それまでの「作れば売れる」時代から、「顧客ニーズにあった商品を提供する」時代へとシフトした。

マーケティングにおけるSTPモデル・STP分析が登場したのがこの時期である。STPは以下の3つに分解される。

  • Segmentation(セグメンテーション):市場をニーズで分割する
  • Targeting(ターゲティング):狙うセグメントを定める
  • Positioning(ポジショニング):強みが活かせる空白地帯に参入する

マーケティング2.0は市場の絞り込みを通して製品の特徴を明確にすることが主だった。前述の Segmentation (セグメンテーション) はマス市場を大雑把に分類する。例えば、「シニア向け」、「若手男性向け」、「富裕層向け」、etc. に Targeting (ターゲティング) することにより、製品の特徴を明確にした。

同手法では、お客様の属性を把握することを重視した。男性か・女性か、学生か ・社会人か (あるいはシニア層か)、仕事か・プライベートか、などの情報を元に、各セグメントでの顧客ニーズを分析し、当該ニーズにあわせて製品を提供していくことが中心だった。

マーケティング2.0は「顕名」には程遠い。上記の仕組みは個客の識別を必要としない。アンケートやサービスのフィードバックで、個人名を記入することなく、属性だけを記入した経験のある人は多いだろう。匿名大衆の顧客 (マス・カスタマー) の属性を必要とするのは、「セグメンテーションを意識したニーズの発掘・商品開発のため」であり、「個客への価値の還元のためではない」、ことは自明である。

<マーケティング3.0 (1990〜2000年代)>

その後、マーケティングは製品価値よりもブランド価値 (or 企業価値) を打ち出す時代にシフトした。製品の機能や価格を打ち出すのではなく、ブランドや企業の社会的責任をメッセージ化し、そのコンセプトを伝えることが重視された。冒頭のAppleによるマーケティング手法は、マーケティング3.0の代表的な例と言って良いだろう。

マーケティング3.0では、ブランド価値・企業価値を図るフレームワークが登場した。同フレームワークでは、ブランド価値を3つの “i” で表現する

  • ブランド・アイデンティティ(identity):ポジショニングによるブランド認知
  • ブランド・イメージ(image):差別化によるブランド (とその印象) の浸透
  • ブランド・インテグリティ(integrity):ポジショニングと差別化による信頼形成

“3i” はブランド価値の明確化のために定義される。それまでの、マーケティング1.0は製品を、2.0は市場を重視した。シーズからニーズに視点をシフトしたとも言える。一方、3.0ではブランド価値を重視する。ブランドの (あるいは、企業の) 社会的責任を明確にし、それをメッセージとして伝えることが重要だとも言われる。

マーケティング3.0は顕名市場を前提としない。この時期、ネットの普及・浸透を背景に、消費者はさまざまなチャネルに触れるようになった。マスメディアだけではなく、ネットを用いたマーケティングも盛んになり始めたが、まだ、市場全体 (匿名大衆向け) に向けて、あるいは特定のセグメントに向けてメッセージを打ち出すことが主だった。

<中締め>

今回はマーケティング1.0〜3.0までを紹介し、それぞれが市場構造 (特に、匿名・顕名の考え方) とどのように関係しているかを考察した。時代の変遷とともに、製品、市場、ブランド価値など、マーケティングの軸は大きく変化した。一方、マーケティング1.0〜3.0は、いずれも、匿名市場を前提とするマーケティングが中心だったことも解説した。

次回はマーケティング4.0、5.0について紹介する。デジタル技術の浸透を背景に、マーケティングにおいても「個客」を意識するようになる。匿名市場から顕名市場へのシフトがマーケティング理論に大きく影響するのもこのあたりからである。次回、マーケティング理論において、顕名市場の考え方がどのように関係するのかを深堀りしてみたい。

※本内容の引用・転載を禁止します。

pagetop