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世界の銀行・FinTech企業のキャッシュレス化・DX化への取り組み <第1回>

吉元利行 コラム

今回からは、筆者が実際に訪問した国における金融機関、国際ブランド、FinTech企業や流通企業などのキャッシュレス化とDX化に対する取り組み内容を紹介していきたい。

筆者は、コロナ前に約4年間で、北欧、西欧、南欧、北米、中米、中国、韓国、東南アジア、インド、オーストラリアをキャッシュレス実態の調査のため訪問している。この連載では、訪問当時の調査内容に加え、その後のできうる限りの追加調査や取材を通じて確認できた現状を紹介することで、わが国におけるキャッシュレス化やDX化に対する取組の参考になれば幸いである。

第1回は、2016年3月に、現金の流通量が大幅に減少し、キャッシュレス取引が進んでいるとして訪問したスウェーデンの銀行や中央銀行RIKS Bankの取り組みから紹介したい。この取材は、筆者の「キャッシュレス先進国の実情と課題 ─ 現金を使用せずに生活できる国スウェーデン」(ccr_paper_6-2.pdf (j-credit.or.jp)に掲載している通り、日本クレジット協会クレジット研究所キャッシュレス社会研究会委員として実施したものである。

スウェーデンを調査訪問国に選んだのは、最高額紙幣1000SEK(当時約13,950円)の流通量が2015年末時点で、2012年の約4分の1強に激減するなど、現金を使わない社会になっていることを知ったからだ。しかも、スウェーデンでは、デビットカードの年間利用回数が2,170百万回と、クレジットカード(年間406百万回)の約5倍以上利用されており、わが国のキャッシュレス事情と大きく異なっていた。わが国においては、デビットカードはキャッシュカードに付加された機能であり、2015年当時、約4億2527万枚が発行されているにもかかわらず、年間10.5百万回、つまり、年に1枚当たり、0.0245回しか利用されていない。その一方で平均利用単価は約4万円と、スウェーデンの1枚あたり年間224.6回、単価285.5SEK(約3,982円)と大きく異なっていたことも、興味を引いたのである。

実際にストックホルムを訪問して、さらに驚かされたのが個人間のキャッシュレスでのやり取りだった。現地調査で世話になった日本人通訳、商社の現地駐在員、日本大使館の書記官、個人的に雇ったガイド、日本人会の会長、日本人留学生、日本に留学経験のあるスウェーデン人留学生が、全員Swishという銀行アプリを利用し、個人間の資金のやり取りに使っていたのである。中央銀行RIKS Bankの2015年の調査では国民の5割がSwishを利用していたが、2022年には8割を超えている。

Swishは、2012年12月にスウェーデンの大手銀行6行が共同で開発したアプリ。小規模な販売店での買い物や子供へのお小遣い、割り勘、会費等の支払いに、携帯電話番号を入力して利用金額を入力すると、自分の銀行口座から、相手の銀行口座に即時に入金が反映される。個人間の送金は無料である。

スウェーデンでは9割以上の人が、店舗での買い物等にはデビットカードを、リボルビング払いにするときにはクレジットカードを使っており、個人間の取引にはSwishを使う。となれば、現金を持ち歩く必要がない。実際に、日曜日のみ出店される広場の露店でも、国際ブランドのカードステッカーが貼られて、数百円程度の商品もカード決済がなされていた。私自身も一切現地通貨を保有していなかったが、1週間にわたる取材で日本人会のバザーの際に現金、またはSwish決済しか受け付けられないときを経験した以外は、すべて、クレジットカード決済で過ごすことができた。(有料であるトイレ個室の扉にもカード端末機があるが、故障しているときもあるので、万一のため、使用料の10SEKコインだけを持ち歩く女性が多いとのこと)。

トイレの扉の端末機
駐輪場のカード決済用端末機

RIKS Bankのエコノミストによれば、これらのキャッシュレスの進展は国策によるものではなく、銀行が効率的な営業を行おうとすることが大きな要因だそうだ。日本より広大な国土に、日本の約1割の人口しか国民がいないため、全国の津々浦々に現金を輸送することは、日本より先に政策金利をマイナスにしたスウェーデンの金融機関にとっては大きな負担だったのであろう。銀行はキャッシュレス化により、現金の受け払いがないので、窓口の行員をなくし、金庫を廃止し、ATMを削減して住宅ローン・債券・保険などの販売に特化したコンサル営業に変わっていた。実際に店舗を訪問しても、店内には警備員と行員が各1名いるかどうか、カウンターもなく、受付用のタブレットが数台あるのみ。また、カードやローン等のパンフレットがないか探したが、壁面にパネルがあるだけで、紙類は存在せず、ネットで検索する。流通系のICA銀行に聞くと、「eco」という。スウェーデンは、環境を非常に大切にする国であり、紙幣や現金を印刷したり、全国に輸送したりすると排出されるCO2等を大幅に削減でき、廃棄物も削減できるから、キャッシュレスに取り組んでいる面があるという。

また、キャッシュレスに伴うデジタル化は、付加価値税の確実な徴収をインボイスを利用して行う税務当局にも都合がよかった。また、年末調整制度がないため、収入があれば、全員確定申告しなければならない国民にとっても、取り引きのデジタル化は都合がよく、自ら確定申告ソフトを使わなくても、税務署からの通知で申告ができる。深夜ワンオペ(一人で業務)で従事する従業員も現金がないため、強盗被害を防げることから、キャッシュレス・現金拒否は、労働組合が導入に前向きであった。このように、国民全体から歓迎されて、スウェーデンでは、キャッシュレス化が進んだことが分かった。

スウェーデンでは、EC通販において、カードを使わずに30日後の後払いや2週間おきの4回払いが手数料なしでできるBNPL(Buy Now Pay Later)を2005年にKlarnaが開始したが、Klarnaは銀行免許を取得して全世界に展開している。

このように、スウェーデンでは、銀行がデビットカードとクレジットカードだけでなく、無料の送金アプリを提供し、BNPLサービスを提供しして顧客の利便性を加速しているといえよう。

振り返って、わが国の現状をみると、銀行がイニシアチブをとって、DX化に取り組むのが遅れたため、決済サービス提供事業者が乱立し、全国民が共通して利用できる環境にない。

しかし、スウェーデンのSwishに相当する「ことら」が2022年10月より、10万円以下の少額決済システムとして個人が原則無料で利用できる新たな送金サービスを始めた。すでに、国民のほとんどが、銀行口座を開設し、クレジットカードを持っている我が国において、国際ブランドデビットカードとともに、「ことら」に既存の資金移動業者が接続すれば、一挙に現金の利用頻度が少なくなり、C to C決済や自己資金の管理を含めて、利便性の向上が大いに期待される。銀行は振込手数料相当の収益を失うが、現金取り扱いに伴うATMや支店などの店舗設備の削減、人件費などの削減に加え、自行アプリでの「ことら」利用に伴い口座の活性化と情報収集による提案営業などが見込める。「ことら」は現状C to Cしか利用できないが、Swishでは、利用頻度の高い法人向けに有料化したり、オンライン決済で利用させて採算をとろうとしている。厳格な安全管理措置が求められるクレジットカード番号入力に代わるEC通販での利用や収納代行・BNPL等との組み合わせが収益化のポイントかもしれない。

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