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第10回:PoS (Point of Sales) から PoU (Point of Use) へ

中川郁夫 コラム

<はじめに>

コンビニでお弁当を買うときは、レジでお金を渡すことでお弁当が自分のものになる。お客様が誰かによらず、モノとカネを交換することで取引が成り立つ。この連載で何度も紹介してきたように、匿名取引の基本的なスタイルである。

PoS (Point of Sales) という言葉を聞いたことがあるだろう。コンビニのレジが PoS 端末と呼ばれるように「販売時点情報」を重視するのが匿名市場の特徴である。これも、モノとカネを交換することを取引と考えていることに起因する。

少し高いものはどうだろう。例えば、車を買うことを考えてみよう。お金に余裕があれば (お金持ちであれば ^^) 現金払いでも良いが、自動車ローンを使って分割で支払う人もいる。一方で、自動車ローンが組めずに、車の購入を断念する人もいるかもしれない。

車をお金で購入する、すなわち、モノとカネの交換で取引が成り立つと考えると、車の購入も PoS (Point of Sales) = 販売時点で購入可否が判断される。つまり、販売時点で必要なお金を準備するか、将来に渡って必要な額を支払うことが「裏付けを持って説明できる」ことが求められる。その裏付けは「与信 (信用を与える)」とも呼ばれる。

一方、顕名市場の特徴のひとつは「誰が、いつ、どこで使っているか」、すなわち PoU (Point of Use) を参照してサービスを提供できることである。PoU の考え方は取引のあり方を大きく変える。以下では、顕名ならではのサービスの事例を紹介する。

<GMSが提供するサービス>

GMS (Global Mobility Service) は、低所得者層に自動車を使ってもらうためのサービスを提供している。自動車ローンの与信審査を通らない (ローンを組めない) 人が世界にはたくさんいる。GMSが提供するのは、PoU (Point of Use) を把握することで、そういう人たちでもローンが組めるサービスである。

2014年、GMSはMCCS (Mobility-Cloud Connecting System)を開発した。遠隔起動制御デバイスとも呼ばれるこの装置は、自動車に取り付けることで、その状態や位置情報を取得できるほか、遠隔制御 (エンジンの起動停止など) も可能である。

GMSはMCCSを利用してサービスを提供する。利用者は、ローンの支払いをしている間は通常通り自動車を利用することができるが、支払いが滞ったときはエンジンの起動が遠隔から (安全に) 停止される。位置情報も把握しており、自動車が売り払われたり、盗まれたりという危険性は少ない。短期的なローンの支払い見込みさえあれば、金融機関も安心してローンを組むことができる。

考えてみると、従来の「モノとカネの交換」を取引と考える市場では、自動車の販売・購入とローンの契約は別々なものと考えられていた。相当額が将来に渡って支払えるかどうかではなく、過去の金融のトラックレコードによって与信の有無が判断された。

対して、GMSのサービスはIoTを用いて自動車の利用とローンの支払いを結びつけたFinTechサービスである。利用時情報、すなわち PoU (Point of Use) の情報をファイナンスとつなげたことが「変革」を生み出した。

<GMSのFinTechのインパクト>

GMSが提供するFinTechサービスは金融業界、自動車業界、あるいは社会にとって大きなインパクトを与えた。一定の収入はあるものの、その日暮らしで長期的な収入が保証されない低所得者層の人が世界に17億人いると言われる。こうした人達に自動車を購入するきっかけを提供することが社会変革につながる可能性がある。

金融業界は、従来であれば、与信を与えることが難しかった人たちに対して貸出ができるようになる。金融包摂の面でも意義があるが、将来的に17億人もの市場で自動車購入ための貸出が行われる可能性があると考えると、市場的なインパクトも相当であろう。

自動車業界にとっても大きなチャンスである。これまで、支払い能力 (与信) がないために購入できなかった17億人が購入者の候補になる。社会的には、自動車市場の形成は交通網の発達につながり、特にASEANなどの新興国では大規模な都市開発につながる可能性もある。

さらに、低所得者の雇用や生活の改善に大きく貢献する。それまでは自動車が所有できないために活動範囲が限定的で仕事も満足にできない、という悪循環が当たり前だった。GMSのFinTechサービスによって自動車が使えれば、仕事の幅も広がり、収入増や生活の改善にも寄与する。

もちろん、ローンが完済されれば自動車の所有権は移転される。同社は3ヶ月に一度、完済者パーティーを開催しており、その様子が同社ホームページからも参照できる。その動画では、就業機会を得て、所得が大幅に向上したGMSサービスの利用者たちの喜ぶ姿も紹介されている。

<GMSの躍進>

GMS社の躍進は目を見張るものがある。設立は2013年。翌年、MCCS(遠隔通信制御機器)を開発。2015年にフィリピン市場でFinTechサービスを開始した。その後、カンボジア、インドネシアでサービスを展開している。近年では日本国内の金融機関とも連携し、新しいマイカーローンのサービスを全国で提供している。

受賞歴からもGMS社への注目度が分かる。2019年グッドデザイン賞経済産業大臣賞を皮切りに、日本オープンイノベーション大賞にて経済産業大臣賞、プラチナ大賞にて経済産業大臣賞(大賞)、他、数え切れないほどの受賞があり、市場も投資家も注目する企業である。

<取引モデルの変化の意味>

GMSが提供するFinTechサービスは明らかに「変革」を起こした。

ここでは「変革」の特徴のひとつとして、取引モデルの変化に着目したい。PoS (Point of Sales) = 販売時点だけで取引可否を考える世界では実現しえなかったことが、PoU (Point of Use) = 利用時点の情報を参照することで可能になった。GMSの事例では、特に「誰が、いつ、どこで」使っているかを参照する技術がそのサービスを支えている。

PoSに基づく取引からPoUを参照するサービスへの転換の背景には、匿名市場から顕名市場へのシフトが大きく関係する。「モノとカネの交換」を取引と考える交換の市場 = 匿名市場から、「個客一人ひとりに特別なサービス提供する」顕名市場へのシフトがその背景にあることは明らかである。

取引モデルの変化はビジネスのあり方を大きく変える可能性を持つ。デジタル時代、取引モデルの変化、さらには市場構造の変化がさらに浸透することは間違いない。これまで完全に分断されていた、販売・購入とローンの契約が PoU 情報の参照でつながったように、従来では予想できなかったような「ビジネス変革」が起こり得る。

取引モデルの変化が次にどのような「変革」を生み出すのか。楽しみである。

*1 https://www.global-mobility-service.com/

*2 https://ja.wikipedia.org/wiki/Global_Mobility_Service

※本内容の引用・転載を禁止します。

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