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第49回:顕名化と組織づくりの話

中川郁夫 コラム

<はじめに>

新たにチームをつくります。あなたはリーダーです。さて、

  ・どんなチームをつくりたい?
  ・そのチームの特徴は?
  ・そのチームが大切にする価値観は?

組織づくりは難しい。上記は、第47回で紹介した一般社団法人DeruQuiのワークショップ(以下、DeruQui WS)で参加者に投げかける問いの一つである。自分の考えを自分の言葉で表現することで、組織づくりの方向性を明確にすることを狙っている。だが、それを明確に言語化しメンバーに伝えるのは思いのほか苦労する。

今回は組織づくりについて考える。本連載のテーマは「匿名市場から顕名市場へのシフト」である。ここ数回(第46〜48回)は教育と顕名化の関係について考えた。本稿は組織づくりと顕名化の関係について考察する。

話を進めるにあたって、参照できる具体例があったほうが良いだろう。DeruQui WS での「問い」をもう一つ紹介しておきたい。

  「株式会社キーエンス、サイボウズ株式会社、両社の組織運営について、
   ・それぞれの特徴をひとことで言うと?
   ・それぞれについて共感するところは?
   ・それぞれについて違和感を感じるところは?」

(*1) 株式会社キーエンス
https://tenshoku-nendo.com/article-keyence-exhausting-work/
https://report.jobtalk.jp/research/detail/id=603
https://yuto-nagawa.hatenablog.com/entry/2018/09/15/100449

(*2) サイボウズ株式会社
https://cybozu.co.jp/company/work-style/
https://type.jp/tensyoku-knowhow/skill-up/book-summary/vol43/
https://logmi.jp/business/articles/321615

両社はいずれも業績に裏付けられて高く評価される企業である。ここで、その組織運営に関する正誤・善悪を語るつもりはない。それぞれが何を目的とし、何を重視しているのかを「言語化」することで、組織づくりを考えるヒントとしたい。

<キーエンス>

株式会社キーエンスは平均年収が高いことで知られる。2023年の同社社員の平均年齢は35.8歳、平均年収は2,279万円(なんと、2千万円を軽く超える!)らしい。「30代で家が建ち、40代で墓が立つ」とも噂される。

https://diamond.jp/articles/-/330006

同社は大阪市に本社を置く、自動制御機器、計測機器、情報機器、光学顕微鏡・電子顕微鏡などの開発および製造販売を行う企業である。東証プライムにも上場し、TOPIX Core30およびJPX日経インデックス400の構成銘柄の一つでもある。

同社の2023年3月期の売上は9,224億円、営業利益は4,989億円、営業利益率は54%を超える。高い利益率はもちろん、10年間で4.2倍にもおよぶ成長率にも驚かされる。

https://www.keyence.co.jp/company/financial-info/

さて、キーエンスはどんな特徴を持つ組織なのだろうか。冒頭で紹介したDeruQui WS の参加者は、同社の特徴を次のように表現している。
・効率・合理化を重視
・トップダウン
・会社第一
・電車(レールに乗って走る)
・画一的
・社員は会社の歯車

同社の組織運営について共感できる点も紹介しよう。
・成果に対する高い報酬がモチベーションにつながる
・個人の能力のバラツキを無くし、誰でも同じく高い成果を出せる「仕組み」
・ハイパーサラリーマンの輩出

キーエンスは「誰でも同様に成果を生み出す仕組み」を重視する。成果に対する報酬も準備されている。前回(第48回)の「個別最適」の話を思い出して欲しい。同社は、マニュアル化と緻密な管理を通して、全員が同様に会社の目標に貢献することを仕組み化した。

<サイボウズ>

サイボウズ株式会社は100人100通りの働き方を実現する会社と言われる。会社のビジョンに沿っていれば何をしてもいいのだとか。自由と責任を最大化し、給料もキャリアプランも自分で決める。「働き方の多様化=サイボウズ」と言われるのも頷ける。

https://digital-shift.jp/top_interview/220112

同社は東京都に本社を置くソフトウェア開発会社である。グループウェア「サイボウズ Office」シリーズは有名だ。プライム市場にも上場し、JPX日経中小型株指数の構成銘柄の一つでもある。

同社の2023年12月期の売上は243億円、営業利益は34億円。同社は直近5年間で売上を2倍以上に伸ばしている。中でも、2011年にスタートしたクラウドサービスの利用者数が280万人を超えるなど、クラウド関連事業の伸びは注目に値する。

サイボウズについても組織の特徴を見ていこう。ここでも、DeruQui WS で聞かれる声を紹介したい。
・一人ひとりのワークスタイルを重視
・ボトムアップ
・個人を優先
・車(自由に走り回る)
・多様性
・社員が会社を形造る

サイボウズへの共感の声も紹介しよう。
・働くこと自体が楽しめる
・職場環境そのものが高いモチベーションにつながる
・自分の目的を見つける場所

多様性という言葉が注目を集めるようになって久しい。サイボウズは働き方の多様性を追い求め、自由と責任のバランスを持って、一人ひとりが自主的・自律的に自らの仕事の目的を考え、実践する組織に見える。これで企業としての成果が出ているのが驚きだが(笑)、それを実践できる組織はやはり強い。

<顕名化と組織づくり>

本校では、前述の2社を参考に、顕名化と組織づくりについて考えてみたい。それぞれが、何を重視して組織運営をしているのか。ここに「顕名化」を考えるヒントがある。

キーエンスの「誰でも好成績を達成できる」仕組みは秀逸だ。企業としての目標も高く、それを達成する手段も実力も圧倒的と言える。一方、社員一人ひとりの個性や強みを活かす、といった話は聞こえてこない。役割が先にあって、社員がそれにあわせて仕事をする。組織としての利益と成長を優先し、社員一人ひとりは報酬面でその恩恵を受ける。

対して、サイボウズの「働き方の多様化」は真逆だろう。社員一人ひとりが、何のために仕事をし、個性や強みはどこにあって、何を目指しているのか。また、それぞれがどんな事情を抱えているのか、など、一人ひとりにあった仕事の仕方を見つけていく。

すでにお気づきだろう。サイボウズの組織づくりは、職場を通して「社員一人ひとりに特別な体験」を創り出すことを目指している。これこそ組織づくりにおける「顕名化」である。

顕名化の鍵は共創である。顕名化は、会社が社員に対して一方的に奉仕することを意味しない。社員一人ひとりにあわせた働き方を実現することで、新たな価値の「共創」につながる、ことが鍵である。

時代の変化とともに新しい組織のあり方が模索される。顕名化の時代、組織づくりにおいても顕名化の考え方を取り入れる企業が生まれてきたのは興味深い。

繰り返しになるが、本稿ではキーエンスとサイボウズの組織運営に関して正誤や善悪を語るつもりはない。組織づくりにおいて何を重視するか、どんな価値観を大事にするか、は意思決定の話である。一方で、その価値観が組織を特徴づけ、その価値観に共感する人が集まるのも事実だろう。これからの組織づくりを考えるうえで「顕名化」は意思決定に値する視点なのかもしれない。

<おわりに>

顕名化はさまざまなところに浸透しつつある。パーソナライズを前提に、さまざまな価値観が「個」に向かうのは必然なのだろう。

本連載では、取引のデジタル化をきっかけに市場構造が匿名から顕名にシフトしてきたことをさまざまな事例を通して紹介してきた。一方で、その価値観は、市場に限らず広く社会に浸透しつつある。教育や組織づくりなど、身近なところにも顕名化の流れが及んでいることは興味深い。意外に、顕名化は身近なところにも浸透しているのではないだろうか。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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