Jライブラリー

第1部 基調講演

ジンテック セミナー

リレーションシップバンキング再考

前金融庁 監督局金融企画室長 日下 智晴 氏

祖父の立ち上げた「日下企業経営相談所」

9月末で金融庁を定年退官し、10月1日から「日下企業経営相談所」を掲げ、個人事業主になりました。実はこの相談所は私の祖父が昭和5年に開設したものなんです。「相談所というのは分かるけれど、なぜ企業経営なのか」「昭和5年に企業経営を相談する人がいたんだろうか」とすごく気になっていたのですが、後日、祖父が種明かしをしてくれました。今は情報伝達社会ですから、新しい法律ができ、施行されるとなれば瞬時に全国津々浦々にその情報は行き届きます。ところが昭和の時代は全く違って、仮に法律ができ東京で施行されたとしても、地方に行き届くまでには何年もの時間がかかりました。日本初の銀行を描いた『晴天を衝け』というドラマで、渋沢栄一さんがパリに行ってコンパニー、すなわち株式会社というのを学んで帰るというシーンがありましたが、明治39年にできた商法が、私の住んでいる広島の片田舎に伝わってきたのは大正時代です。当時、最も進んでいた、富を蓄えたのは酒屋で、それが大正6年に広島初の株式会社として発起設立され、町の人は「コンパニーとは一体何なんだ」とざわつきました。そんな田舎で私の祖父が何をしていたかと言えば、家内工業であった事業者を法人成りさせていたんです。そして昭和5年に設立されたのが日下企業経営相談所です。株式会社にするには最低資本金や取締役会の設置が必要であると法律には書いてありますが、家内工業だった人たちにとっては「何じゃそれ」という感じです。資本金も足りなければ取締役のなり手もいません。「監査役って何のこと」と言った状態です。祖父がなかなか優れていたなと思うのは、それを全部自分が引き受けたんですね。金を出してあげ、取締役になってあげ、監査役にもなってあげて法人成りを助けた。そんな商売をやっていた祖父のDNAを活かして、私も中小企業の支援をしていきたい。そう強く願っています。

ステークホルダーとの関わり方は経営そのもの

企業経営においてまず大事なのはステークホルダーです。SDGsの文脈で“ステークホルダー資本主義”という言葉が多く使われるようになってきましたが、ステークホルダーとは基本的に株主、従業員、顧客、そして社会です。最近よく語られるのはそのバランスのいびつさについてで「株主に過度に配慮して利益追求ばかりになっているんじゃないか」「従業員、あるいは社会に対してその会社が本当になすべきことを果たしているのか」と問題にされています。企業がステークホルダーとどう関わっていくのかは、企業経営においては非常に大事なことなんですね。ただ、中小企業においては株主=経営者です。そこで株主の代わりに重要なステークホルダーとして表れるのが債権者である金融機関なんです。遠藤さんが長官でいらした時代に、金融庁の職員が地域に出掛け、地域に溶け込み、いろんな人たちに話を聞く“地域生産性向上支援チーム”を作っていただきました。その第1期のチームが東北に出掛けていった際に拾ってきたのが、2019年のプログレスレポートで披露し、今では有名になったあの言葉「金融機関は交渉相手」です。金融庁は金融機関に「企業の相談相手になっていこう」と働き掛けていたんですが、企業から見れば金融機関は交渉相手だった。これは非常に重要なメッセージを含んでいると思います。

“経営資源”を包括的に支えていく

経営資源を表すのに人、物、金、情報という言葉を使いますが、今日はあえてそこに「知恵」を加えます。情報はあるだけでは価値がありません。その使い方が分かる、あるいはその情報の意味が分かるときに初めて情報に価値が出てきます。本質的には人、物、金、情報ですが「情報には知恵が要る」ということでそう区分してみました。経営者には情報、さらには知恵となる相談相手が必要ですから、私も社長の相談相手となって、いろんなことを実現していきたいと思っています。お金には色がないので、金融機関から他人資本として調達することが可能です。これが最も原則的な金融機関の商売ですが、最近では金融機関が人や物といった経営資源も提供することでビジネスが拡大されています。企業のために商売をする以上、金融機関は企業の経営資源に対して自分たちがどのようなアプローチができるかを考えていくことになると思います。金融機関がまずは金、次に人、そして物、そういうかたちで新しい時代を切り開いていくことはとても大事だと思います。

“知的資産経営”の重要性

2007年、リーマン・ショックの少し前に「知的資産経営マニュアル」が中小企業基盤整備機構から出ました。大学以降さまざまな企業経営を学んできましたが、これにはなるほどと思いました。「企業には財務諸表には表れないさまざまな資産があり、これを知的資産と呼ぶ」「人的資産、構造資産、関係資産という呼び方で見てみたらどうか」。こういった示唆は大変素晴らしいと感じました。構造資産や関係資産とは、企業の中にある人と人、従業員と従業員の関係、あるいは最近はやりの組織です。組織はまさに構造資産であり関係資産にも関わっていて、いまあらためてその重要性が明らかになっています。同じ2007年、経済産業省から知的資産経営の重要性というものが出たんですけれども、そちらも強く感銘を受けまして、銀行の中で何とかこれを具体化したいと思った記憶があります。

経営戦略は立地と構えと均整

同じころに発刊された神戸大学の三品先生が書かれた『経営戦略を問いなおす』は新書判なのですが、経営学の本をあまた読んできた中で、これほど簡単ですっきりして、なぜかすとんと理解できる本は後にも先にもありません。経営戦略は突き詰めていくと立地と構えと均整だと言いきっているのですが、横文字を使わずに漢字2文字ずつというのもセンスがいい。立地、すなわち何で、どこで戦うのか。これを明らかにするのが経営者の仕事だと。もうかっていたからといってそこに留まり続けていればやがて駄目になる。立地を決めることは従業員ではできない。経営者こそが立地を決めるべきだと書かれています。構えと均整は、先ほどの関係資産、構造資産にもつながる部分があります。経営者が決めた立地に対して、ふさわしいフォーメーション、関係、仕事の進め方を整え、経営戦略を執行する。こういったことが極めて分かりやすくシンプルに書かれています。私自身も立地と構えと均整を常に考えながら企業経営を考え、支えてきました。

2003年当時のリレーションシップバンキング

「知的資産経営マニュアル」が2007年、『経営戦略を問いなおす』が2006年。金融では2003年からリレーションシップバンキングが始まっていました。もちろんそれは時代の要請を受けての流れではありましたが、極めて金融的な要素が強いものでした。なぜなら1999年に金融検査マニュアルが公表され、2002年に別冊が出され、金融庁のスタート時点の歴史が非常に色濃く反映されていたからです。主要行の金融再生プログラムから始まり、いよいよ不良債権処理が本格化していったのがその当時です。ですから、2003年当時(まだ私が銀行に勤めていた時)、金融庁からリレーションシップバンキングの考え方を出されたときにはいろんな疑問が湧き、それをずっと抱えてきていたんです。ところが、どうしてそうだったのかが金融庁に入って少しずつ分かってきました。金融検査マニュアルの視点はリスク管理、資産の質、資本にフォーカスされていましたが、実際には「リスク管理については裏にリスクテイクがある」「資産の質だとか資本は収益が生まれてからが発生するものであって、その収益に関してどの業種でどんなビジネスモデルが利益を上げているか」ぐらいの視点しかなかったんです。これは金融庁が自らの反省として“ぐらいの”と振り返っていて、そういう姿勢は本当に素晴らしいと思います。そんな中、リレーションシップバンキングは「金融機関が顧客との間で親密な関係を長く維持することにより顧客に関する情報を蓄積し、この情報をもとに貸し出し等の金融サービスを行うことで展開するビジネスモデル」という表現で打ち出されたんですね。この「ビジネスモデル」という表現には当時から腑に落ちないものがあったわけですが、今お話しした程度の認識で「ビジネスモデル」という言葉が使われていたんだということが、金融庁に入って分かりました。ちょっときつい言い方ですが、当時、金融機関のビジネスモデルへの理解がどこまであったのかは考えざるを得ないと思います。

リレバンは非営利組織のビジネスモデル

リレーションシップバンキングは信用金庫や信用組合のような協同組織金融機関、要は非営利の組織が行うにふさわしいモデルです。銀行に入って初めて信用金庫の職員の方にお会いしたときに、この方を超えることは私にはできないと思いました。踏み込み、お客さまと一体となって、家族のようにやっている姿をみて、とてもじゃないけれどまねられないと感じました。でも彼らは非営利で、稠密なエリアで営業しているからこそできるのであって、地銀にはできないことだと2年目にして思ったわけです。ところが金融庁が掲げたリレーションシップバンキングでは、メガバンクと地方銀行の間に線を入れ、地方銀行以下は全員リレーションシップバンキングであると打ち出されました。その結果「果たして銀行にコミュニティーバンクのような営業手法をどこまでできるのか」と悩まざるを得ず、リレバンは地方銀行にとって会社形態と不整合なビジネスモデルなのではないかと、長らくもやもやとしていました。ところが2007年に『リレーションシップバンキングと地域金融』という本が出ました。その中ではリレーションシップバンキングの定義を「銀行と借り手の間の親密な取引関係を通じて銀行がソフトな情報を蓄積し、さまざまなメリットを生み出すこと」書かれていた。これには納得がいきました。ビジネスモデルとしてではなく、リレーションという関係資産の中から生まれる価値がある。キーワードは“ソフトな情報”と“さまざまなメリット”。何が起きるか分からないけれど、さまざまなメリットが起きるだろうというのがリレーションシップバンキングだと言われると、すとんと腹落ちしました。主役は企業ですから、メリットが生じるのは銀行ではなく、企業側。これこそがリレーションシップバンキングだと思いました。当時さまざまな本が出ましたが、知的資産経営というものが経済産業省から出たタイミングでこれに接したことで、私は救われました。

リレーションシップバンキングの不可能性

結果としての財務情報に至るまでの知的資産経営の中に、人的資産や組織資産、あるいは関係資産があります。そこを可視化する“知的資産分析”こそがリレーションシップバンキングの肝なのですが、これは標準化されていません。一方の財務情報、これはハード情報で、分析手法も標準化されていますから、決算書さえあれば誰でもが手に入れることができます。リレーションシップバンキングには知的資産分析が不可欠ですが、標準化された分析手法がなかったというのは一つの大きなポイントです。また、リレーションシップバンキングの不可能性が金融検査マニュアル別表にあるのは言うまでもありません。財務内容が不良であれば破綻先、健全であれば正常先とし、財務情報を軸にメガバンクも地銀も信用金庫も一律に企業を分類する一方、これによらないようなリレバンをやりなさいと言われていた。財務情報を軸にした自己査定をしながら、なおかつ企業のためを思って債務者区分によらないような行動を取るという、極めて難易度の高いオペレーションがリレーションシップバンキングであり、当然ながら多くの地域金融機関はやれなかった。それが当時のリレーションシップバンキングの不可能性であると思っています。

金融庁の変革は、中小企業金融の光

2013年から14年にかけて、金融庁から事業性評価という言葉が出たとき、リレーションシップバンキングに対してややあいまいなスタンスだった金融庁がいよいよ来たと感じ、内心とてもわくわくしたのを覚えています。そしてクリエイティング・シェアード・バリュー、お客さまとの間で共通価値を創造しようと変わっていった金融庁を非常に頼もしく感じました。そのタイミングで金融庁に参加できたことは私にとって本当に光栄で、金融処分庁から金融育成庁への変化を間近でみることができたのは大変幸福だったと感じています。目指すべき金融の姿を「顧客との共通価値の創造に根差したビジネスモデルの確立」とし、将来に向け、ビジネスモデルの持続可能性を地域金融機関とともに対話をしていこうじゃないかという方針へ舵を切ったことは、間違いなくわが国と中小企業金融にとって光をもたらしたと思っています。そして今、ボールは金融機関側に投げられた。そう感じています。

地銀のポジションを上げていくこと

金融庁の退職に際して、どうしてもやりたいことが2つあります。そのうちの1つが地銀のポジションを上げること。地銀のポジションは2003年以降残念ながら下降していて、メガバンクがカバーする領域との間に空白地帯ができています。年商でいくと大体30億から100億ぐらいのところが空白地帯となり、多くの企業がもがいていますがここにメガバンクが下りてくることはないと思います。彼らの合理性からして、海外に出ていけるポテンシャルを持っているメガバンクが、国内のそういった企業へ面として下りてくることはないからです。したがって地銀がこの領域を面的にカバーできるかどうかが、わが国の発展を左右するといっても過言ではない。これからわが国の、あるいは地方のGDPを高めていくには、このゾーンの会社を成長させ、規模を拡大させることが絶対に必要です。ですからこの空白地帯で何ができるかを地域金融の皆さまに考えていっていただきたい。すでに次々と持ち株会社化が起きていますが、これは機能を高め、ポジションを上げる行為にほかなりませんから、とてもいい流れだと思っています。地銀の立地は本来もっと上にあります。自分たちがどの立地で戦うのかをあらためて考えていただきたいと思います。

地銀と信金のすみ分け―不毛な競争の終了

地銀に攻め込まれ、ややもすると行き場を失っていた信用金庫ですが、本来この領域は地銀が踏み込む場所ではありません。昨年の地域金融サミットで京都信金の増田前会長が話をされましたが、そこでおっしゃっていたR(リレーションシップ)とP(パフォーマンス)の関係は、信用金庫、信用組合だからこそ言えるものであり、増田会長だから説得力があるんです。地銀の頭取が言っても「かすめた利益を渡すんだろう」と株主に言われてしまえば説得力がなくなる。これは非常に大事なことで、信用金庫、信用組合は株主を見る必要がありません。株主イコール地域になっているので、本当の意味でリレバンができるのは間違いなく協同組織なのです。企業には“持続を目指す企業”と“規模拡大を目指す企業”の2タイプしかありません。企業の経営者に日々接していますが、結局聞くのは「持続したいんですか、拡大したいんですか」。これは極めて大事なポイントです。そして事業の拡大を目指す企業にふさわしいのは、同じく利益の拡大を目指している銀行です。一方、持続を目指す企業には、地域を長く守りたいと考えている協同組織がふさわしい。この両者の関係を再構築していくことです。地銀が協同組織の領域に下りていって、自分たちのお客さんとして取り込んでいくというのは間違いです。事業の持続を目指すお客さんには、協同組織が中心となって支援していく方がよいのは明らかです。そこにいる強い味方こそが信用保証協会で、この2年、大活躍をされていますよね。ゼロゼロ融資というのはまさに企業の存続のためにDIPファイナンスとして打たれた融資です。これは信用保証協会の活躍なくしてはできませんでした。持続を目指す企業は信用保証協会と協同組織金融機関のタッグで支え、これによって地域を守ることがとても大切です。一方で地銀は規模拡大をして日本全国、あるいはグローバルになっていきたい企業を支援していく。こういったすみ分けによって不毛な競争に終焉を迎えられると考えています。

金融仲介機能の発揮-債権者としての金融機関

先ほど金融機関は株主に代わる新たなステークホルダー、すなわち債権者として関わってくると申し上げました。これを金融仲介機能と言いますが、企業のバランスシートの負債勘定と金融機関の資産勘定がつながっているこの関係、バランスシートがつながった者同士の関係であるという認識、あるいは感覚をもっていることが極めて重要です。企業がお金を借りた瞬間にこの関係は直ちに成立します。バランスシートでつながっているこの関係を考える時、そこには金融の本質があり、債権者という立場は永遠に変わりません。先ほど「金融機関は交渉相手」という言葉がありましたが、これは金融機関が冷たいとか理解がないということではなくて、経営者が「金融機関は債権者である」ということをきちんと理解した上で、債権者にはどうあってほしいかを秘めた言葉であると私は理解しています。金融機関のこの立場はほかの人ではできません。債権者でなければできないんです。ですからこの関係をしっかり果たしていくことが、一義的に大事であると考えています。

いまこそBSをみるべき―債務超過を見極める

現在、他人資本が大きくなりすぎてしまっていることが問題になっています。企業のバランスシートの負債勘定にはゼロゼロ融資をはじめとして、いろんな性質の融資が掲載されています。プロパー融資、信用保証協会付き融資、信用保証協会のゼロゼロ融資、政府系金融機関の緊急融資、あるいは資本性劣後ローンなどが含まれています。他人資本が膨張していく中で、メインバンクの行動は極めて不安定になっており、ゼロゼロ融資を打った後にメインバンクがプロパー融資を回収するようなことも散見されています。企業が自身の負債をマネージすることが不可能な状態にある中で、バランスシートがつながっている者同士として、メインバンクがどのように振る舞うかは極めて重要です。新時代に突入しているいまこそメインバンクのあるべき姿を考えていくべきです。債務が膨張している状況で何かあれば、企業は債務超過に陥ります。わたしの2つ目にやりたかったことは、これを会計士がきちんと見ることができないかというものです。税理士は税務申告を中心にしていますから、ゴーイング・コンサーンの場合は基本的に所得原価主義でバランスシートを作ります。このこと自体は問題でも何でもありませんが、これからコロナの影響を受けながら2期を過ごした決算書が出てこようとしていますよね。そうなってきたときに、バランスシートを見ないといけないんじゃないかと思うんです。人間ならばコロナに罹患しているか分からないならPCR検査を受けます。あるいは病気になっているかどうかを調べるためには人間ドックを受けますよね。だったら企業も企業ドックならぬ年に1回の精密検査を受けるべきではないか。それこそが会計士による債務超過の判定だと思うんです。大航海時代は帰港したと同時に全て現金化して解散ですから、常にバランスシートは時価でしたが、ゴーイング・コンサーンに変わっていくことによってPLばかりが注目され、BSは軽視されるようになっていった。しかし、今こそバランスシートを時価で見ることが必要だと思います。そしてこれが使われるのは再生場面です。つぶれる企業は必ず規模拡大を目指したことがあります。規模拡大を目指して投資をしたり、チャレンジをしたり、むちゃな進出をしたり、それがつまずいて潰れます。最初から事業の持続を目指す企業はものすごく手堅くやっているので、なかなかつぶれません。そして、こういった企業はもし万が一失敗したら、人さまに迷惑をかけないように畳む。廃業します。ところが今はコロナという誰も悪くない、誰の責任でもない要因によって、事業の持続を目指す企業がつぶれてしまうかもしれない状況になっています。規模拡大を目指した結果、つまずいて破綻しそうな企業には処置がある。DESや資本支援によって再生できるんです。なぜなら、そういった企業の社長は再びチャレンジするからです。一方で事業の持続を目指す企業はそうじゃない。心が折れてしまい、お客さまが離れていくと「もういい、辞めよう」となってしまう。これが地域経済に深刻な影響を与えます。したがってここには別の再生手法が必要です。出発地点は債務超過かどうかです。このデューデリジェンスがなければ支援はできません。資産超過であれば会社を解散すれば何らかのかたちでお金が返ってくる可能性があります。ですから、債務超過になっているかどうかの判定は債権者として絶対にやらなければなりません。それがあって始めて一部の債権を減免する、バランスを整えて長い返済期間で返してもらうなどのやり方が考えられるのです。

新たな可能性-経営者株式担保融資

昨年のプログレスレポートに書いた、経営者株式担保融資の事例は大変素晴らしいと思いました。とある公社が民事再生状態で再生計画を実行していたんですが、その段階で銀行が経営者の株式を担保に取ってエグジットしたんです。再生債権を全額肩代わりして正常化し、事業支援を行った事例ですが、実は私も銀行時代に1回トライしたことがあるんです。当時はいわゆる5%ルールの規制がありましたからなかなかしんどかった。昔は経営者株式を担保に取り100%持ってしまうと、それを1年以内に処分しなくてはならないというルールだったのが、規制緩和により事業再生の会社は10年間持てるようになりました。経営者株式担保融資を考える際に注目すべきは、いま問題になっている経営者保証です。経営者保証は企業と経営者をいわゆる連帯債務者という形で一つにくくり、それに対して金融機関が融資を行います。ですから、契約上は企業が事業によって返してくれてもいいし、経営者が個人資産で返してもらってもいいという形になっているんですね。どちらが返してもいいわけですから、経営者の企業に対する支配権が問題になることはあまりありません。ところが「昨今の経営者保証を外しましょう」という流れは、経営者が企業を支配しているけれど、返済はしなくてよいです。金融機関はあくまで事業に対して貸し付けを行っているので、企業から返してください。こういう契約形態に変わります。これが金融機関に、あるいは経営者にとって本当にいいことなのかを考えると、場合によってはそうでないということもあり得ます。そこで経営者保証を外すための代替措置として考えられるのが、経営者が持っている株への担保権の設定です。経営者保証をなくす代わりに事業全体を担保にすることができるこの考え方は、金融機関にとっては極めて好ましい。昨年12月15日に事業成長担保権というものを金融庁が定義しましたが、まさにその考え方を実現するものです。したがって、経営者と金融機関が同じ船に乗って同じく事業をやっていくとするならば、この経営者株式担保融資というのは一考の余地があると思います。できれば経営者保証がいいのか、経営者株式担保がいいのかを経営者が選択できるといいと思います。債務超過の判定と経営者株式担保融資は私がぜひ実現したい世界観ですから、銀行借入が相応にあって他人資本を必要とする企業の経営者と話をするときには、必ずこの話を出すようにしています。そうすると6対4でこれを選択すると言います。差し入れた金融機関が自分たちと同じ船に乗ってくれると思うからです。これは重要なポイントです。経営者保証を外して経営者が持っていた株式を担保に入れたならば、担保を取得した金融機関は間違いなく自分の事業のために汗を流してくれるだろう、そういう予見が立ちます。今、企業はその予見が立たない。本当にこの金融機関は自分のためにやってくれるのかどうかがわかりません。経営者と株主がイコールだというのは、中小企業の悪い特性だと捉えればそのとおりですが、経営者が持っている株主としての支配権を、経営者株式担保融資によって債権者である金融機関に一時的に預けることができるのは良いことでもあります。これによって金融機関は企業の主要なステークホルダーになることができますし、企業は大きく変われるんじゃないかと思うのです。

金融機関が債権者としてなすべきこと

金融機関が債権者としてなすべきことを、私自身と、そして企業の立場からの期待を込めてお話します。まずは債権者ガバナンスの発揮です。上場企業であれば株主が株式を持つことでガバナンスを発揮することができますが、中小企業の場合は株主=経営者ですから、外部からガバナンスを発揮できるのは金融機関だけです。無借金企業が全体の4割ありますから、6割の企業にしか利きませんが、債権者ガバナンスについてはしっかり考えていっていただきたいと思います。金融機関が企業のステークホルダーとして債権者の立場を全うする時代が来ている。特にこのコロナ禍で、企業は国の補助金などに甘える気持ちが出ることもあると思います。そういった時に、共通価値を創造するようなガバナンスが発揮されることを願っています。また、債権者は残念ながら企業の交渉相手ですが、金融機関がサービサー機能を提供し、委託先となった瞬間、交渉相手から寄り添う存在に変わります。同じグループ内であっても、サービサー機能を持つことによって、債権者の立場である銀行本体とは別に、債務者の立場に立って寄り添えるポジションへとシフトできます。だからこそ銀行の中にそういった機能をぜひ持ってほしい。地域サービサーが社会的役割を発揮し、地域経済エコシステムを回していく時代が来きます。ぜひこれも多くの地域金融機関に実現してほしい。繰り返しになりますが、企業と金融機関が、財務ではなく知的資産について対話をすることが当たり前になっていくことを願っています。人、物、金、情報の経営資源の話をしましたが、金以外には財務は関係ないんですよね。人のマッチングをするときに財務は関係ない。どんな事業にどんな人が必要か、じっくりと対話をしていきます。その対話の中で、知的資産の重要性が見えてきます。債権者としての金融機関の役割を果たしていただくことが、ひいては企業のためになり、規模の拡大や事業継続につながっていきます。

リレバン2.0の世界

リレーションシップバンキング2.0で想定する世界は、事業成長担保権をフルに活用し、企業の事業、知的資産全体を担保に取るという新しい世界です。明治以来、担保権は変わっていませんが、新しい時代に対応する担保権こそが事業成長担保権です。今週の「金融財政事情※」がまさにその特集でしたね。この話をしっかりするようにと期待されているような、運命的タイミングだと感じましたが、まさにいま新時代が間近に迫って来ています。コロナを抜けて新しいリレバン、リレバン2.0が見えたときに、必ずや必要となる担保権。もちろん選択肢の一つですから、これを100%使う必要はありませんが、知的資産の塊であるようなベンチャー企業、あるいは大学初の技術の塊のような企業に対してはこれがなければファイナンスはできないと思いますから、新時代のリレバン2.0が実現できるよう、私自身も尽力していきたいと思っています。私自身の立ち位置に変化がありましたので金融庁時代と言うことが変わったと思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、実現したい世界は一貫して地銀のポジションをより高め、中小企業が自らの財務情報と向き合うためにきちんと診断を受け、それを債権者に包み隠さず報告する。こういった時代です。実現に向け、皆さんのご協力を得られましたら幸いです。

※週刊金融財政事情 2021年11月16日号(No.3424)

【質疑応答】

Q1:金融庁の中の人から対峙されていく立ち位置になられたいま、リレバン2.0の新世界において金融庁はどういったポジションを取るべきだとお考えでしょうか。金融庁に「こういう行政を展開してほしい」、あるいは「地域経済を盛り上げるためにこういうことが必要だ」というお考えがあればぜひ教えていただきたいと思います。

日下:「ぜひこれを言っておきたい」と思っていたことをお話しできるようなご質問をいただき、ありがとうございます。わたしには地域金融の経験と知識がありますが、6年前に金融庁へ入庁したときには「おまえらはなっていない」といった態度はとるまいと心に決めました。事情と見識、背景があって行政をやってこられたのは間違いないわけで、知ったかぶりは絶対にやめようと誓って、金融庁の職員の皆さんと対話をしてきたんですね。その中で先ほどお話しした、金融庁が地銀のビジネスモデルへの理解が不十分だったことに気付いたんですが、これは当然のことだと思います。私が「魚屋をやってみろ」と言われてもできないのと一緒で、できないことは仕方がありません。そこで、3年目ぐらいから「対話に当たって頭取、理事長の目で見てごらんなさい」と言い始めました。最初は「はあ?」みたいな感じでしたけれど、最後のチームはそれを心底理解してくれました。対話は相手が見ている景色を自分も見られたところから始まります。ですから、行政の方には頭ごなしに「この金融機関はこうだ」と決め付けずに、理事長、あるいは頭取としっかりと対話をし、頭取にはどのような景色が見えているかを把握してほしいと思います。中には行く先が正しく見えている人もいれば、そうでない人もいます。けれどそれを否定するのではなく、それぞれの頭取、理事長が見えている世界を一緒に見ながら、少しずつ「ここをこうしていきましょう」といった対話ができたらいい。これは金融機関が債権者ガバナンスというかたちで企業に入っていくときも一緒です。企業の社長に対して「おまえ、そんなこともできていないのか」と喉元まで出掛かっても、それを言ったら何も始まりません。そうじゃなくて、社長がどういう世界を見ているからこういう企業になっているのかを理解して、一緒に少しずつ世界を変えていく。社長が見ている世界とピントが合った瞬間から全てが始まるんです。私自身も社長の相談相手として常に心掛けていることでもあり、言うは易し、行うは難しですが、金融庁の皆さまは対金融機関、金融機関の皆さん方は対企業において、トップが見ている世界を一緒に見ることを心掛けていただきたいと思っています。

Q2:リレバン2.0で地域金融機関に問われるものは何か。つけていかなければならない、必要になってくる力は何なのかをお伺いできますか。

日下:経営者株式担保融資や事業成長担保権は、同じ船に乗るための仕組みとして非常に優れていると思うんです。一方、同じ船に乗ってはいても、債権者として預金者のお金を預かっているんだという矜持を失うことなく債権者ガバナンスを利かせていくことも大切です。ステークホルダーとして100%一緒になっているようでそうではない。この微妙な距離感の中で相談相手になったり、知恵を与えたりして金融機関が力を発揮していくことが、企業の経営資源を豊かにしていくことにつながります。債権者ガバナンスをあえて申し上げているのは、「借りてもらってありがとうございます」というようなスタンスはおかしいと感じているからです。本来は「返してもらってありがとうございます」ですよね。リレバンの始まりと共にお金を借りてもらうことが全てになってしまって、債権者としての発言権が弱くなったように感じています。同じ船には乗る覚悟はあるけれども、知的資産の分析をしっかりして「社長、ここが足りません」と言わなければならない。経営力が足りないと言うんじゃなくて「社長がやってきたことはこうだけれど、まだここにこれだけのやることがあります」と伝えていく機能が大事だと思います。事業成長担保権の時代になれば、自らの保全にも直結する話になりますから、これは一つの大きなターニングポイントになるのではないかと感じています。

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