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【変化への対応力を磨く:自衛隊式マネジメントから学び、図上演習で進む】第4回:企業活動とリーダーシップ(後編)〜自衛隊の「統率」に学ぶ、企業マネジメントの本質

合同会社セルフディフェンスパートナーズ コラム

本稿では自衛隊における「統率」の概念に焦点を当て、それが現代の企業マネジメントにどう応用できるかを探ります。一見、別世界に見える自衛隊のマネジメントですが、ビジネスリーダーが直面する課題への普遍的な解が見いだせると思います。

自衛隊の「統率」を構成する三つの柱

自衛隊ではマネジメントを「統率」と呼び、任務達成のためにチームを導く総合的な行為と定義します。統率は以下の三本柱で構成されます。

  1. 指揮(Command: 指揮とは統率の根幹となる活動です。内外の環境を踏まえた状況判断に基づき、迅速かつ的確な決心(意思決定)、合理的な計画の作成、適時適切な命令、そして監督・指導によるフィードバックといった一連の活動を指します。企業の戦略策定や業務ディレクションに相当します。
  2. 統御(Control/Motivation: メンバーの動機付けを行い、能力を最大限に引き出す働きかけです。企業のモチベーション管理、チームビルディング、人材育成にあたります。
  3. 管理(Administration: 組織の運営基盤となる諸活動(人材管理、組織管理、財務管理、労務管理、勤務環境整備など)であり、業務の効率化を促進することで、指揮と統御を円滑にする活動です。企業の業務制度、人事制度、環境整備などが該当します。自衛隊では、上級のリーダーとなるほど、直接的に現場のメンバーに接触する機会が減少するため、「管理」を適切に行うことがより重要になる、と言われています。

これら「指揮」「統御」「管理」が三位一体で機能することが、強固な組織の基盤となります。企業活動への応用として、今回は指揮について紹介したいと思います。

指揮 迅速な意思決定力 不確実性の中の決断力

私が航空自衛隊で勤務していた時、緊急事態発生時における不確実な情報しか入手できない中で、限られた時間内に最善の判断を下す訓練を徹底的に行いました。(第2回で紹介した図上演習により訓練します。)

自衛隊にとってこの思考プロセスが最も試された場の一つが、国民の生命と財産を守るための「東日本大震災」における支援活動でした。

災害派遣の現場では、「プッシュ型支援」と「プル型支援」という二つの異なるアプローチを、状況に応じて使い分けることが求められます。

発災直後、被災地は甚大な被害を受け、通信は途絶し、行政機能は麻痺状態に陥ります。現地の詳細な被害状況や、避難所にいる人々が具体的に何を必要としているのか、正確な情報はほとんど手に入りません。この極めて不確実な状況下で、ただ現地の要請を待っていては、救える命も救えなくなってしまいます。

ここで下される決断が「プッシュ型支援」です。これは、被災地からの具体的な要請(プル)を待たずに、「過去の災害データから、発災初期には食料、水、毛布が絶対に必要になるはずだ」という経験則と、偵察機などが収集した断片的な情報に基づいて、国が先回りして物資を送り込む手法です。もちろん、現地の真のニーズと完全に一致しないリスクはあります。しかし、この段階では百点満点の正解を求めるのではなく、「最悪の事態を避ける」ための最善手を選択するのです。これは、限られた情報から人命救助という最優先事項を達成するための、まさに「不確実性の中での決心」に他なりません。

やがて数日が経過し、現地との通信が回復し始め、避難所の運営体制が整ってくると、状況は変化します。各避難所から「ここでは乳幼児用の粉ミルクが不足している」「高齢者のための流動食が必要だ」といった、具体的かつ確実な情報、すなわち「プル」の要請が上がってきます。この段階で、我々は「プル型支援」へと軸足を移します。その要請に的確に応える物資を選び出し、ピンポイントで届けるのです。このフェーズでは、プッシュ型のような包括的な支援から、より効率的で無駄のない、ニーズに即した支援へと切り替える判断が求められます。

このプッシュからプルへの移行のタイミングを見極めることもまた、極めて重要な意思決定です。

この一連のプロセスは、今日の企業経営に驚くほど似ています。新製品を市場に投入する際、最初から完璧な顧客データは存在しません。市場のトレンドや競合の断片的な情報から「このような製品なら受け入れられるはずだ」と仮説を立て、先行投資を行う。これはまさに「プッシュ型」の戦略です。その後、市場投入によって得られた販売データや顧客からのフィードバックという確実な情報(プル)を分析し、製品改良や精密なマーケティング施策へと移行していくのです。情報の質と量に応じてプッシュとプルの最適なバランスを見極める能力は、ビジネスの現場で大きな武器となります。

自衛隊の「統率」の概念は、決して軍事組織に特化したものではなく、普遍的なマネジメントの原則を含んでいます。厳しい環境下で培われた迅速な意思決定、日頃からの強固な信頼関係の構築、いついかなる時も物心を最善の状態に整えておくといった要素は、変化の激しい現代ビジネスにおいて、あらゆるリーダーが身につけるべきスキルです。

次回以降のコラムでは、さらに深く「指揮の要訣」や「統御」といった具体的な概念を掘り下げ、企業活動における実践的な応用方法を解説していきます。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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