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報告速度で競争力を高める ― 地域金融機関が挑む2027年までのインシデントレスポンス改革(第17回)

名和利男 コラム

2025年、国内の金融業界はサイバー攻撃の主戦場に再び躍り出ました。ランサムウェアによる勘定系停止やクラウド設定ミスを突いた情報漏えいが地方銀行・信用金庫まで波及し、攻撃者は「支店ネットワークが広く、体制は薄い」組織を狙っています。背景には生成AI悪用で攻撃コストが急落したこと、そして地政学的緊張による標的の裾野拡大があります。

こうした潮流に拍車を掛けるのが能動的サイバー防御法です。兆候把握後ただちに政府へ報告する即時義務が創設され、違反時には行政処分や課徴金が科される可能性があります。さらに金融庁は2024年改訂の「金融分野サイバーセキュリティガイドライン」で、規模の大小を問わずリスクベース監督を徹底すると宣言し、2025年版FISC安全対策基準では演習義務化と可用性指標の明示を盛り込みました。取締役会が“時間”を軸に自社リスクを把握しなければ、今後3年でガバナンス不備を指摘されるのは時間の問題です。

なぜ時間系指標なのか

法と監督官庁が注視するのは「検知から報告」までのスピードです。そこで必須となるのが

  • MTTDMean Time To Detect:平均検知時間)
  • MTTAMean Time To Acknowledge:平均対応開始時間)
  • MTTRMean Time To Recover:平均復旧時間)

という3つの指標です。大規模メガバンクの水準をそのまま目標にすると、ツールと人材のコストに耐えられません。まずはMTTD24時間/MTTR72時間を業界中央値とし、「自社値を毎年20%ずつ短縮する」階段目標を掲げるのが現実的です。

最小限コストで達成する三段投資

限られた予算でも法定要件をクリアできるよう、導入ハードルの低い三つの施策を段階的に整理しました。

  • ログ統合監視
    外部SOC(Security Operation Center:監視センター)への委託で、24時間有人監視と緊急通知を確保します。年間数百万円から導入可能です。
  • 自動化対応基盤
    SOAR(Security Orchestration, Automation and Response:自動化対応基盤)のライト版を導入し、SIEM(Security Information and Event Management:ログ統合監視基盤)のアラートをチケット化します。システム間自動通知機能(Webhook:アラート発生と同時に指定URLへ情報を即時送信する仕組み)で時刻を付与し、指標計測を丸ごと自動化します。
  • 政府連携API
    国家サイバー統括室(National Cybersecurity Office:NCO)が今後提供予定のオンライン報告窓口(APIを含む)に試行接続し、法定の即時報告義務をワンクリックで履行できる体制を整えます(詳細仕様は2026年度以降に順次公表予定です)。

取締役会が握る五つのハンドル

インシデント報告のスピードと実効性を高めるために、取締役会がまず着手すべき管理ポイントを5つに絞りました。

  1. 四半期ダッシュボードに「法定報告時間≧自社MTTD」を赤枠表示
  2. 改善費用と罰則回避額(株価下落抑制を含む)の比較表を毎回提出
  3. 演習結果(レッド/ブルーチーム)の指標反映を経営目標に直結
  4. 外部委託先の報告義務履行状況をサプライチェーンリスクとして監査
  5. 危機時に決裁を止めないため、権限委譲規程を事前にアップデート

ロードマップ例

以下は、法対応と運用高度化を3年で段階的に完了させるためのタイムラインです。

期間主要施策目的
2025年度下期現行プロセス棚卸しとMTTD計測自動化ギャップの可視化
2026年度上期SOAR導入と封じ込め手順の標準化MTTA/MTTC短縮
2026年度下期政府連携APIの接続テストと取締役会訓練法要件最終検証
2027年施行前ベンチマーク達成確認と監督検査対応リハーサル運用安定

「リソースが限られているからこそ、時間で勝負する」 ― 報告遅延は行政処分だけでなく、預金者の信頼を失う致命傷になりかねません。まずは測れないリスクを可視化し、段階的に短縮する仕組みを導入することが、規模の限られた金融機関にとっての最善の投資です。3年後に「報告速度で選ばれる金融機関」へ生まれ変わる第一歩を、今日の取締役会から始めていただきたいと考えます。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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