【変化への対応力を磨く:自衛隊式マネジメントから学び、図上演習で進む】第8回:リーダーシップによる組織運営(前編)〜指揮のプロセス(状況判断、意思決定)〜
コラム前回、前々回と「統御」について深く掘り下げてきましたが、今回は自衛隊のマネジメントの一つの柱、「指揮(しき)」について解説します。指揮とは、組織の目標達成を確実に導くための「行動のエンジン」であり、リーダーの最も直接的な技術が凝縮されたプロセスです。
今回は、全5つのステップから成る「指揮のサイクル」のうち、前半の「状況判断」と「意思決定」という、分析と意思決定の技術に焦点を当ててご紹介します。

「指揮」は、リーダーがその権限に基づき、チームやメンバーに明確な意思を伝え、目標達成に向けて行動させる行為です。これは、企業活動におけるPDCAサイクルやOODAループといった業務プロセスと重なる、五つの一連のステップで構成されており、自衛隊で脈々と受け継がれてきた「リーダーの技術(指揮、統御、管理)」の一つをなすものです。
1.状況判断 (Observe & Orient)
これは、OODAループの「Observe(観察)」と「Orient(状況認識)」に当たります。目標達成に向けて組織を動かす前に、リーダーはまず現在の状況を正確に、かつ包括的に把握しなければなりません。このプロセスを疎かにすると、その後のすべての行動が的外れになってしまいます。
目的の確認
状況判断の第一歩は、最終的な任務や目標(組織の最終目的)を確認することです。リーダーは、常に「なぜ我々はこれを成し遂げようとしているのか」という問いを組織全体に投げかけ、目的を明確にし、その目的を達成するために現在の状況がどうあるべきかを問い直さなければなりません。
収集・分析
状況判断において、リーダーが収集・分析すべき情報は多岐にわたります。
● 外部環境: 市場の変化、競合他社の動向、経済情勢、技術革新の波など。
● 内部環境: チームメンバーの能力と心情(士気や体調)、プロジェクトのリソース(予算、時間、機材)、組織内の制約事項など。
自衛隊では、情報収集において「先入観を排し、客観的かつ論理的に考察する」ことが徹底されます。都合の良い情報だけを集めたり、過去の成功体験に囚われたりすることは、誤った決断に直結します。
行動方針の策定
以上の分析を踏まえ、行動方針を検討し複数案を作成し、各案を評価します。評価は目的への一致度や達成難易度により評価を行います。以上のプロセスで状況判断は完了します。
2.意思決定 (Decide)
状況判断の結果に基づいて、「何をすべきか」「どのように目標を達成するか」を決定するプロセスが「意思決定」です。これはOODAループの「Decide」に相当し、指揮のサイクルにおいて最も重要かつ、リーダーの真価が問われるステップです。企業活動においては、まさに「ビジネスチャンスのタイミング」でリーダーが決心することを指します。市場の動向やライバル社の動きなど、情報には必ず不確実性が伴うため、リーダーは常にジレンマに直面します。
● 完璧な情報を待って意思決定を遅らせることで、好機を逃すリスク。
● 情報が不確実なまま、誤った決断を下すリスク。
19世紀の軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツは、戦争においては情報が不完全であるため、指揮官は常に完全な情報を持っているわけではないと指摘しました。自衛隊の意思決定プロセスは、この不確実性のリアリティを前提とし、「不確実性のある中で迅速的確に意思決定サイクルを回す」手法を定めています。
リーダーには、「不確実性の中での決断力」と、行動に移す「勇気」が求められます。この意思決定こそが、組織を目標達成へと導くエンジンとなるのです。
【リーダーの技術:エピソード】不完全な情報で下した「迅速な決心」の重み
私が航空自衛隊の幹部として、ある部隊の管理部門に勤務していた時、緊急対応が求められる状況に直面しました。部隊の任務に不可欠な基幹インフラシステムに、原因不明の障害が発生したのです。
情報は断片的で、システム担当者は「原因特定には早くとも数時間はかかる」と報告をしてきました。技術者としては、全容を把握するまで動かないのが定石です。しかし、システムが停止する時間が長引くほど、我々の任務遂行能力が低下し、組織の危機が深刻化することは明白でした。
この時、私の頭にあったのは、原因究明を効率的に行うために必要な「完璧な情報」を待つのではなく、少しでも早くインフラを提供するために「迅速な復旧」を最優先することでした。私は、技術的なリスクと、任務遂行上の組織的リスクを天秤にかけ、代替システムへ移行する命令を出し、同時に原因調査を継続するよう命令しました。
結果として、インフラ機能は即座に復旧し、業務への影響を最小限に抑えることができました。後に判明した原因は単純なものでしたが、もしあの時、完璧な情報を得るために数時間を費やしていたら、組織の被害は遥かに拡大していたでしょう。
この経験は、「状況が不明瞭であってもためらわずに行動に移す勇気」、すなわちリーダーの主体的な「決心」が、組織の運命を左右することを教えてくれました。情報が不完全なビジネス環境において、リーダーの迅速な決心は、単なる判断ではなく、組織の競争力と適応力を高めるための必須技術なのです。
次回は、この「意思決定」を基に、チームを動かす具体的なステップである「計画」「命令」「評価・指導」について、さらに深く解説していきます。
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