〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第65回:音楽業界の変革
コラム
<はじめに>
とある若者の言葉が衝撃だった。
「昔は『レコードと言われるもの』で音楽を聞いてたらしいですね。」
昔は… って (笑)。そんなに昔の話か? と思って調べてみると、確かに、我々がレコードで音楽を聞いていたのは相当に昔のようだ。平成生まれの若者が知らないのも当然か。
音楽の歴史は面白い。レコードの原型が登場したのが1850年代 (古い、笑)。CD (コンパクト・ディスク) が1980年代初めに製品化され、以降、レコードは減っていく。MP3プレーヤーが1990年代後半に登場し、2001年のiPod登場以降は、ダウンロードした音楽を聞くのが当たり前になった。
デジタル技術の進歩・ネットの普及が「媒体」の変化をもたらした。音楽業界にとって、その変化に追従するのは大変だったろう。だが、ビジネスモデルの視点でみると、楽曲単位 (もしくは、アルバム単位) で音楽を購入する、という考え方に大きな変化はなかった。
ところが、
その後、とんでもない変化が訪れる。なんと、聴き放題 (ストリーミング、とも呼ばれる) の音楽サービスが登場した。音楽業界にとって「ビジネスモデル」までガラッと置き換えてしまうほどのインパクトがあった。
今回は聴き放題の音楽サービスを生み出したSpotifyの挑戦について紹介する。その登場の背景、特徴、そして、市場にどんなインパクトを与えたのかを考えてみたい。
<Spotify登場の背景>
最初に、Spotify登場の背景に触れておこう。
前述の通り、2001年にAppleがiPodを発表した。その後、2003年4月、スティーブ・ジョブズが「iTunes Music Storeで、楽曲単位で (当初、1曲¢99) 音楽を購入できるようになった」と伝えた。ネット上で音楽をダウンロードする、すなわち、物理的な媒体の売買が不要になったことは関係者に衝撃を与えた。
Spotifyの創業は2006年4月。創業者のダニエル・エクは聴き放題 (ストリーミング型) の音楽サービスを提供すると発表した。月額固定料金 (当初、1ヶ月€9.99) で音楽が聴き放題になる (なんと、広告ありなら無料!) という。このインパクトがiTunes Music Storeの比ではなかったことは想像に容易い。
ここで、変化を捉える視点について触れておこう。
AppleはiPodを発表し、iTunes Music Storeでネット上で音楽を購入することを可能にした。デジタル技術の進歩・進展に伴うイノベーションとも言える。だが、変化したのは「媒体」であり、楽曲単位 (あるいはアルバム単位) での音楽購入というビジネスモデルそのものは大きく変化していない。
Spotifyは聴き放題 (ストリーミング型) の音楽サービスを開始した。月額固定料金のモデルはサブスクリプションとして、広告ありの無料モデルはフリーミアムモデルとして分類される。いずれも、音楽業界のビジネスモデルを大きく変えてしまうインパクトがあった。
ちなみに、Spotifyの聴き放題モデルは、P2Pによる違法な音楽ダウンロード (いわゆる、海賊版) の広がりに影響を受けたとされる。スティーブ・ジョブズは「海賊版は盗難」と非難したが、ダニエル・エクは「海賊版はライバル」と捉え、それを超えるためには「合法な聴き放題」の仕組みが必要、と考えた。
紙面の都合上、今回は割愛するが、当時のスティーブ・ジョブズとダニエル・エクのやりとりは熾烈なものだったらしい。というか、ベンチャーを創業したてのダニエル・エクが、天下のスティーブ・ジョブズに喧嘩を売るとは、なんとも強烈な話である。(自分なら、心臓がいくつあっても持たないだろう、笑)
<Spotifyのビジネスモデル>
Spotifyは2つの視聴モデルを提供した。
一方は、フリーミアムに相当する。広告アリで、無料で音楽が聴き放題になるサービスである。約3.9億人のユーザーで、広告収入は約2,700億円程度。
もう一方は、サブスクリプションに分類される。月額固定料金で音楽が聴き放題になる。約2.5億人のユーザーで、課金収入は約1.85兆円にも及ぶ。
※上記の数字はいずれも2023年のもの。
注目すべきはライセンスに関わる支払いである。Spotifyは売上総額の一定割合 (音楽関連収入の約70%とも言われる) を包括的ライセンス料として音楽業界に支払っている。楽曲単位でライセンス料が発生する (iTunes Music Store を含む) 従来のモデルと比較すると、決定的な違いがここにある。
Spotifyは、彼らが音楽業界に大きく貢献していることを強くアピールしている。公式発表によると、Spotifyは創業以降2023年までに、総額で9兆円以上を音楽業界に、そのうち、3.3兆円程度を著作権者に支払ってきたと伝えている。
<Spotifyが音楽業界にもたらしたインパクト>
聴き放題の音楽サービスは音楽業界に大きなインパクトをもたらした。
2000年頃、音楽市場は衰退の方向にあった。当時、世界の音楽業界の市場規模は約220億ドル、その90%以上が (レコードやCDなどの) 物理的な媒体の販売に依存していた。2003年のiTunes Music Store登場は、ネットでの楽曲販売を通して音楽市場の再拡大が期待されたが、ネット経由の楽曲販売の割合は増えるものの、それ以降も、市場規模は全体で130億ドル (2014年) まで落ち込んだ。
ところが、聴き放題モデル (ストリーミング) が音楽市場を再度牽引した。2023年時点では、世界の音楽市場の規模は286億ドル、その67%がストリーミングだという。Spotifyがそのきっかけを創ったことは疑うまでもないだろう。
<終わりに>
本稿は、Spotifyの紹介と聴き放題 (ストリーミング型) の音楽サービスが音楽業界にもたらしたインパクトについて分析をしてみた。iTunes Music Storeは物理媒体からネット上のデータによる楽曲販売を可能にしたことで「媒体」の変化をもたらしたが、Spotifyが楽曲単位ではなく聴き放題という新たな「ビジネスモデル」を創り出したことは注目に値する。
実は、ストリーミングにもいろいろある。例えば、Netflixは、視聴し放題の映画・動画サービスを提供する。音楽か、映画か。扱うコンテンツの違いだけに見えるかもしれないが、実は、そこにはビジネスの構造に大きな違いがあったりもする。
次回は、SpotifyとNetflixを比較しながら、ストリーミングサービスのあれこれ、について紹介してみよう。
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