【変化への対応力を磨く:自衛隊式マネジメントから学び、図上演習で進む】第9回:リーダーシップによる組織運営(後編)〜指揮のプロセス(計画、命令、評価・指導)〜
コラム前回は、自衛隊の「指揮のサイクル」における「状況判断」と「意思決定」という、リーダーの分析と意思決定の技術について解説しました。今回は、その「意思決定」を具体的な行動に移し、目標達成を確実なものとするための「実行フェーズ」の技術、すなわち「計画」「命令」「評価・指導」について深掘りします。
リーダーの真の技術は、優れた決断を下すことだけでなく、その決断を組織全体で実現する力にあります。
3.計画 (Plan)
リーダーが「意思決定」した内容を、具体的に実行可能な形にするのが「計画」です。これはPDCAサイクルの「Plan」に当たります。どんなに優れたリーダーの決断でも、実行可能な計画がなければ、絵に描いた餅に終わってしまいます。
リーダーは、決定した方針に基づき、組織やチームのリソース(人、物、金、時間)を最も効果的に活用するための具体的な行動計画を策定します。計画には、以下の要素を明確に盛り込むことが求められます。
● 5W1Hの明確化: 「何のために(目的)」「何を(目標)」「いつまでに(期間)」「どこで(場所)」「いかに(方法)」「誰が(責任者)」を具体的に定めます。
● リソースの最適配分: 限られたリソースを、最も優先度の高いタスクに集中させ、目標達成への確実性を高めます。
● 柔軟性の確保: 予期せぬ状況の変化に対応できるよう、計画には代替案(コンティンジェンシープラン)や、修正を加えられる柔軟性を持たせることが重要です。
4.命令 (Do)
策定した計画をチームメンバーに伝えるのが「命令」です。これはPDCAサイクルの「Do」の開始段階に位置づけられます。命令は、単なる業務指示ではありません。リーダーの意図と、各メンバーが何をすべきか、そしてなぜそれを行うのかを明確に伝えるものです。
● 意図の伝達: なぜこの命令を出すのか、最終的に何を目指すのかというリーダーの意図を明確に伝えることで、メンバーが現場で自律的に判断・行動できる余地が生まれます。
● 権限の委譲: 命令と同時に、目標達成に必要な権限を適切なメンバーに委譲すること(エンパワーメント)で、メンバーの最大限の能力を発揮させ、主体性を引き出します。
● 簡潔性: 命令は明確かつ簡潔な言葉で伝え、迅速に組織全体に浸透させることで、チーム全体の行動を統率します。
この「命令」は、前回解説した「統御」(メンバーへの動機付け)と密接に結びついています。メンバーがリーダーの意図を理解し、その行動に価値を見出すことで、自律的に業務を遂行する力が高まるのです。
5.評価・指導 (Check & Act)
命令が発令されたら、その実行状況を継続的に確認し、必要に応じて指導を行うのが「評価・指導」です。これはPDCAサイクルの「Check(評価・確認)」と「Act(改善・行動)」、そしてOODAループの「Act」に当たります。
リーダーは、計画どおりに進んでいるか、予期せぬ問題は発生していないかを定期的に確認(モニタリング)します。
● 現場からの情報収集: 現場からの正確な情報が迅速にリーダーに共有されることが極めて重要です。リーダーは、現場で何が起きているかをリアルタイムで把握し、必要に応じて現場を訪れ、直接状況を確認することも求められます。
● 指導と修正: 問題が発生した場合は、その原因を分析し、計画を修正するための適切な対策を講じます。
この評価・指導を通じて得られた教訓は、次のサイクルでの「状況判断」に活かされ、組織の継続的な成長を促す基盤となります。
【リーダーの技術:エピソード】曖昧な命令が招いた「小さな失敗」と評価・指導の重要性
私が初めて小規模なチームを率いた時、ある緊急性の高いタスクを複数のメンバーに分担して指示を出しました。その際、各メンバーの具体的な役割分担までは決めましたが、チームごとの調整役を明確にせずに命令を発してしまいました。
数時間後、私は状況を確認するために評価・指導に入りました。すると、各メンバーはそれぞれ熱心に自分のタスクに取り組んでいましたが、情報が個々で滞り、全体のコーディネートが曖昧になっていることがわかりました。その結果、作業の一部に重複が発生し、また、重要な情報の共有に遅れが生じてしまったのです。
幸い、大きな失敗には繋がりませんでしたが、私はすぐに命令を修正し、一人のメンバーに取りまとめの責任を与え、明確な報告系統を確立しました。
この経験から、評価・指導は単なる監視ではなく、命令の意図が正しく実行されているかを検証し、組織を正しい道筋に戻すための「安全装置」であることを学びました。
2回にわたり「指揮のサイクル」についてご紹介しました。「指揮」とは状況の変化に応じて繰り返される継続的なプロセスです。このサイクルを迅速かつ高精度に回す技術こそが、現代のビジネスリーダーの適応力と競争力を高める鍵となります。
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