地方金融機関との対話から見えてきたサイバーセキュリティの組織課題(第22回)
コラムここ数年、地方の銀行や信用金庫、カード会社などとお話しする機会が増えました。経営層からシステム部門、営業店マネージャーまで幅広く対話する中で、「どの組織にも不思議と共通する内情」が見えてきています。本稿では、特定の社名には触れずに、その典型的な課題と、サイバーセキュリティ専門家としてお伝えしたいコメント・助言を整理します。
1.「情シスの話」に閉じてしまう
最初の特徴は、サイバーが依然として「情報システム部門のテーマ」として扱われがちなことです。経営会議に報告はされるものの、技術用語が並んだ途端に場が静まり、「難しいので任せます」で終わってしまう──そんな光景を何度も見てきました。
本来、サイバーはITの話ではなく「事業継続とレピュテーションの話」です。おすすめしているのは、「技術用語を十に一つに減らし、その分だけビジネスへの影響を書く」という作り方です。たとえば「ランサムウェア」ではなく「地域のATMやインターネットバンキングが何日止まり得るか」と表現する。これだけで経営層の顔つきは変わります。
2.一人二人に頼り切りの体制
二つ目は、「実質的に分かっている人がごく少数」という構図です。肩書き上は委員会やワーキンググループがあっても、資料作成も実務の調整も、数人がほぼ一手に引き受けている。そうした組織では、新しいツールを入れても運用が回りません。
ここで必要なのは、「スーパーマンを探すこと」ではなく、「味方を増やすこと」です。システム、リスク管理、営業統括、人事・総務から少しずつメンバーを集め、小さくてもよいので横断チームをつくる。専門知識は後から付いてきますが、「自分の部門の問題として考える人」がいないと、いつまでも“情シスだけの戦い”のままです。
3.ルールはあるが、現場には届いていない
三つ目の典型的な光景は、「規程や手順書は整っているが、営業店では別の現実が動いている」というものです。USB禁止、持ち出し申請必須──紙の上では正しいのですが、「それでは回らないので、実はこう運用しています」と現場から耳打ちされることがあります。
このギャップを責めても前には進みません。むしろ、「本部と営業店が同じテーブルにつく小さな机上演習」が有効です。難しいシナリオは不要で、「支店で怪しいメールが開かれた」「閉店後に不審な電話があった」程度で十分です。その場で、本部のルールがどこで役立ち、どこで使いにくいのかを一緒に確認していく。ここから、紙ではない“生きた手順”が見えてきます。
4.「怒られたくない」文化とインシデント長期化
もう一つ、率直に触れておきたい内情があります。「自分のミスだと疑われたくない」「怒られたくない」という心理から、インシデントやヒヤリハットの報告が遅れがちだという点です。結果として、本来なら小さなトラブルで済んだものが、報告の遅れによって被害を広げてしまうケースがあります。
2026年の攻撃は、速度も巧妙さもさらに増しています。その中で重要なのは、「最初に確認するのは『誰が悪いか』ではなく『何が起きているか』だ」という姿勢です。早く知らせてくれた人を責めるのではなく、「気づいてくれてありがとう」と最初に言える文化をつくれるかどうかが、組織の回復力を左右します。
5.2026年に地方金融機関が踏み出したい一歩
では、こうした内情を踏まえたうえで、どこから着手すべきでしょうか。多くの地方金融機関にお勧めしているのは、次の三つです。
一つ目は、「当行にとってのサイバーリスクとは何か」をA4一枚で言語化することです。技術用語ではなく、「どのサービスがどれくらい止まり得るのか」「地域の利用者にどんな影響が出るのか」という表現でまとめてみてください。
二つ目は、「インシデントを疑ったとき、最初の1時間で誰が何をするか」を簡潔に決めることです。窓口となる部署、連絡の順番、夜間・休日の体制──この三点だけでも明確にすると、実際の動きは大きく変わります。 三つ目は、年に一度でよいので「本部と営業店が一緒に参加する机上演習」を実施することです。完璧な訓練を目指す必要はありません。「今の連絡の流れで本当に動けるか」「どこがボトルネックか」を一緒に確かめる場として位置付ける。それだけでも、組織の空気は少しずつ変わっていきます。
サイバー攻撃の手口は日々進化しますが、地方の金融機関との対話を通じて感じるのは、「本当に難しいのは技術よりも、人と組織の動かし方だ」ということです。2026年の始まりにあたり、「誰か一人が背負うセキュリティ」から「組織として支え合うセキュリティ」へと、一歩でも前に進むきっかけになれば幸いです。
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