Jライブラリー

〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第70回:開発と運用の新しいカタチ(4)

中川郁夫 コラム

<はじめに>

DevOps (デブオプス) って結局なんだろう。直近の3回 (第67-69回)、DevOpsの話をしてきた。あらためて整理してみよう。

ネット上にあるDevOpsの説明文から気になる言葉をピックアップしてみる。

ソフトウェア開発手法の一つ
開発担当者と運用担当者が連携 (境目もあいまいに) して協力
ソフトウェアを迅速にビルドおよびテストする文化と環境
技術に加えて、開発や運用といった組織的・文化的な側面をも内包

うーむ。組織や文化まで波及するとは。そういえば、Thales Group (第67回で紹介) やSigma Defense (第68回で紹介) の事例をみても、技術だけの話だけではなく、組織や人に関わる話もあった。なるほど、DevOpsはかなり広範囲に影響するように見える。

そんなことが可能なのか。

ヒントはどこにあるのだろう。実は「DevOpsは開発と運用の話」と矮小化してしまうと大事なことが見えなくなってしまう。第6869回で考察してきたように、その背景には社会を大きく揺るがす変化があった。例えば、ネットの普及、ソフトウェア化の浸透、オープンソースの開発モデルの登場、などなどなどなど。

社会的変化を背景に組織的・文化的な変革が始まったと考えるのは理にかなっている。たまたま (喫緊の課題が表面化されていたので) DevOpsをきっかけとして、開発・運用面での変革が急ピッチで進んだ。だが、本質的には、この変革は他にも広く波及すると考えるべきなのかもしれない。

本稿ではGitLabの組織的・文化的側面を考察しながら、少し視野を広げて、社会で起こっている変革に目を向けてみよう。

<GitLab社の事例を深堀り>

GitLab社の事例を少し深堀りしてみよう。前回 (第69回)、同社の紹介と考察をした。その中で、2025年8月現在の社員数が2,300人 (60ヶ国)、オフィスが “0” であると述べた。

オフィスがゼロ。って、マジか (笑)

GitLab社はオフィスを持たないことを明確なポリシーとして打ち出している。例えば、同社のハンドブックの中ではオールリモート (All-remote) を宣言し、どうやってリモートから働くかが事細かく書かれている。

 (*) https://handbook.gitlab.com/handbook/company/culture/all-remote/

同社のblogにも面白い記述がある。
 ・意図的にオフィスを置かない (物理的な本社もない)
 ・オフィスが残るハイブリッドは「持てる者/持たざる者」を生む
 ・「出社=働いている」の前提を捨て、アウトプットで判断する
 ・大事なのは協働 / 成果 / 効率 / 多様性 / 包摂 / 透明性であり、リモートは手段

 (*) https://about.gitlab.com/blog/pyb-all-remote-mark-frein/

オールリモートを実践するための制度設計も興味深い。例えば、時間・対面の制約をなくすために非同期・ドキュメント共有を前提とし、会議を最小限にしている。評価・報酬は時間ではなく成果が主である。他にも、さまざまな仕組みや工夫がドキュメント化され (2,000ページにも及ぶ) 公開されている。徹底したポリシーとその仕組みづくりには脱帽である。

 (*) https://handbook.gitlab.com/handbook/

フォロー・ザ・サン (Follow the sun) の考え方も紹介しておこう。GitLab社には世界60ヶ国に2,300人の社員がいる。いつでも、世界の (陽が上っている) どこかで開発・運用ができる、という考え方に基づいて、24時間、常に開発・運用を前進させる、という。

 (*) https://handbook.gitlab.com/handbook/engineering/development/processes/follow-the-sun-coverage/

<変化の視点>

GitLab社のオールリモートの発想の原点はどこにあるのだろう。実は、筆者は同社のオールリモートの考え方に強く共感する。目指すべき組織・文化の一つのカタチだろう、と納得するところがある。以下、自分の経験を踏まえつつ「変化の視点」で考察する。

ネットの普及が前提にあるのは言うまでもない。第67回でも述べたが、ネットが普及したことで情報共有が進み、時間と空間の壁がぶち壊されていったのは多くの人が感じている。オールリモートの大前提である。

ソフトウェア化で物理的制約からの開放が進んだ。第68回では、社会でソフトウェア化が進んでいることを紹介した。ハードを扱う部分は物理的な制約が残る。一方で、機能の多くがソフトウェア化され、ソフトの世界で価値創造を担う仕事が圧倒的に増えたことも間違いない。特にソフトウェア開発・運用に関わる領域において、物理的な制約を受けずに組織・文化づくりをしていくことが可能になったのは、これまで紹介した事例を見ればあきらかだろう。

第69回で紹介したオープンソースの文化的側面も大きい。これは、筆者も関わっていたのでよく理解できる。オープンソースの世界では、世界中からモチベーションの高い開発者が自発的・主体的に開発に参加することが多い。時間・場所に縛られず、直接対面せず、会議も最小限。目指す世界観を共有し、各々が自分の役割を果たす。GitLab社の価値観はオープンソースの世界のそれを引き継ぎ、拡張しているように見える。

社会的な変化を考察するといろいろと見えてくる。冒頭、DevOpsには組織的・文化的な側面も内包するという表現があった。だが、ここまでの議論を振り返ってみると、DevOpsだからというよりも、「社会的な変化」を背景にして組織的・文化的な変革が進みつつあり、DevOpsはその先駆的な領域と捉えるほうが理にかなっているのではないだろうか。

<終わりに>

第68-70回はDevOpsを切り口に、ネットの普及、ソフトウェア化の浸透、オープンソース開発モデルの登場などがもたらす「変化」に注目して考察した。開発モデルが変わった、開発・運用プロセスが変わった、という話だけではなく、組織や文化にも波及するほどの大きな流れが生まれているのかもしれない。

本質はどこにあるのだろう。と、物事を深堀りして考えてみるのは面白い。目の前で起こっていることを表面的に捉えるのではなく、その背景にある変化やインパクトを考察すると、直面する変化も見え方が違ってくるのではないだろうか。

社会は急速に変わりつつある。今、我々が直面しているイノベーションの背景にどんな「変化」があるのか。また、その「変化」がどんなインパクトをもたらすのか。変化を捉える視点と思考がますます重要になりそうだ。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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