〔変化をチャンスに 〜 変化を捉える視点と思考 〜〕
第72回:リスキリング?
コラム
<はじめに>
AIの進歩がヤバい (語彙力… 笑)
AIは人間の仕事を奪っていくのだろうか。我々が知的労働と考えてきたもののほとんどはAIがこなすようになる。 ルールや形が決まったもの (形式知で学習可能な領域とも言える) はAIが得意とするところだろう。言われたことや書かれたことだけをこなす仕事はちょっとヤバそうだ (語彙力… 再)
「リ・スキル (リスキリング)」という言葉がある。
「変化するビジネス環境や新たな業務に対応するため、
従業員や個人が新しいスキルや知識を習得すること」
簡単に言うと「今の仕事はなくなるので、新しい知識やスキルを学べ」ということか。政府は、経済成長戦略の中で「新しい資本主義」の実現に向けた重要な柱としてリスキリングを位置づけている。その支援策に5年間で1兆円を投じるのだとか (*1)。この機会に、新しい知識やスキルでも勉強してみるか…
(*1) 内閣府:「経済財政運営と改革の基本方針2023」、他
いや、ちょっと待って欲しい。知識やスキルと言っている時点で早晩AIに置き換えられていくのではないだろうか。それに、今の仕事がなくなるから諦めろ、というのもあまりに短絡的では?
前者の「知識やスキル」の話は、本連載「AI浸透後の社会を妄想する (第55〜63回)」でも深く考察しているので、興味のある人は参照してほしい。
本稿では「短絡的では?」を深堀りしてみたい。形式知化が進んだ分野では、どんどんAIが自律的に仕事をこなしてくれるようになる。そのとき「AIで仕事がなくなる」と捉えて潔く諦めるのであれば、次に何をするかを考える (ex: リ・スキル) のは仕方ないかもしれない。一方、少し視点を変えて「AIが人を “empower’’ する (力を与えてくれる)」と捉えると、そこに可能性が見えてこないだろうか。
今回はHarvey AIを紹介する。同社は、AIの登場をチャンスを捉え、人を “empower’’ するための仕組みを作った。その視点と思考について考えてみたい。
<Harvey AIの概要>
Harvey AIはAIを使って法律の専門家を支援するプラットフォームを提供する。対象顧客は弁護士事務所や企業の法務部門である。既に、Amlaw100 (米国の法律事務所トップ100) の約半数が利用し、登録弁護士は54,000人とされる。
創業は2022年。ChatGPTが注目を集めるほんの少し前、Winston (法律の専門家、現CEO) が Gabe (AIの研究者、現President) と出会ったのがきっかけだった。生成AIに衝撃を受けた Winston が「AIは法律家を “empower’’ する」と直感し、そのまま二人でHarvey AIを創業した。それから3年超でAPR (サービスの年間利用料) が US$1億 (約150億円/年) を超えた。驚くほどの成長率だ。
(*) https://www.harvey.ai
(*) https://www.harvey.ai/blog/harveys-three-year-anniversary
Harvey AIは法律の専門家の活躍の場でもある。現在、Harvey AIにはBigLaw (米国の大手法律事務所) 経験者が350人以上在籍する。専門家がAIを活用する際、その痒いところがわかるのは、やはり専門家なのだろう。法律事務所や企業の法務部門ごとに異なる業務プロセスを理解し、各企業にあったAIの活用方法を提案する。法律の専門家が仕事を失うのではなく、法律の専門家が活躍し、AIを活用して法律業務を変革することを目指している。
<Winstonの視点>
Winstonの視点は秀逸だった。法律分野は明文化された法律や、文書化された判例、過去の事例集など、特に形式知化が進んでいる領域とも言える。必然的に「AIが弁護士の仕事を奪っていく」と考える人は多い。対して、Winstonは「AIが弁護士を “empower’’ する」と直感した。AIが専門家の仕事をこなすようになることが「事象」だとすると、彼は、その事象の捉え方が極めて楽観的・夢想的だったのかもしれない。
考えてみると、今日・明日にAIがすべての仕事を奪うわけではない。いくらかの時間をかけて (1年か、5年か、10年かは分からないが)、少しずつAIが作業を代替していくのだろう。今も現業を抱える専門家にとってみれば、より早く・より効果的にAIの恩恵を得られるように導入・移行を支援してくれるのは嬉しいに違いない。
実際、Harvey AIは様々な法律業務のプロセス改善を実現する。例えば、M&Aで各種契約ドラフト作成・確認、デューデリジェンスの項目抽出・検証、過去事例参照、訴訟対応などでAIが活躍する。実務面でかなりの作業が自動化できる。これは大きい。
とはいえ、判断・意思決定は人間だ。専門家はAIに “empower’’ されてスピードとスケールを手に入れる。Harvey AIによって (当面は) 圧倒的なパフォーマンスを持った専門家として活躍する姿は想像に容易い。
<変化を捉える視点と思考>
「変化」を「危機」と捉えるか「機会」と捉えるか。
「変化」は事象でしかなく、それに意味付けを行うのは人である。「AIで仕事がなくなる前に リスキリング を」と考えるか、「AIでみんなの仕事を “empower’’ する」と考えるか。その違いは大きい。Harvey AIは、変化をチャンスと捉えることの重要性を教えてくれる。
もうひとつ強調しておきたいことがある。Harvey AI創業時、Winstonは「社会の変化」を見通していた。AIを使うことで「自分がどれだけ楽ができるか」ではなく、AIが「社会をどう変えるか」を考えた。自分が “empower’’ されるだけではなく、社会の人たちがAIで“empower’’ されることに着目した。社会の視点は「変化をチャンスに」変えるための重要な要素である。
<終わりに>
社会は急激な変化に直面している。この先、変化の速度は早まることはあっても、緩やかになっていくことはない。今後、さらに様々な変化に直面するのであれば、変化をリスクと捉えるのではなく、変化をチャンスと捉えて、さまざまなビジネスチャンスを楽しむほうが(いや、挑戦は大変なのだが、笑)圧倒的に面白そうだ。
次回は「変化をチャンスに」変えるための思考法について整理してみたい。
※本内容の引用・転載を禁止します。
