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連絡網ではなく「判断網」へ
― 有事に動ける組織のつくり方 (第26回)

名和利男 コラム

先日、金融業界向けの講演で、地方金融機関のサイバーセキュリティ現場に見える組織課題についてお話しする機会がありました。そこで改めて感じたのは、いま有事対応で差が出るのは、最新ツールの有無だけではないということです。

不審な通信が見つかった。委託先からアラートが来た。お客さま向けサービスにいつもと違う動きがある。その時、現場は何を事実として整理し、誰に上げ、経営は何を決めるのか。ここが曖昧なままだと、連絡は回っているのに判断が進まない状態になります。これは地域金融機関だけでなく、通販事業者、カード会社、生損保会社にも共通する課題です。完璧な情報がそろう前にどう動くかが、業務継続とお客さまからの信頼を左右します。

今回は、講演で触れた論点の背景を少し掘り下げ、「連絡網」ではなく「判断網」をどう整えるかを考えます。小さな点検から始められる、現場と経営の実務の視点で整理します。

連絡網ではなく「判断網」へ ― 有事に動ける組織のつくり方

サイバーセキュリティというと、攻撃手口や脆弱性、監視ツールの話に目が向きがちです。もちろん、検知や防御の仕組みは重要です。しかし実際の現場では、検知した後の数時間で、組織の実力が表れます。これは専門部署だけの力量ではありません。情報システム部門、業務部門、リスク管理、法務、広報、委託先、経営層が、まだ情報がそろわない段階で同じ方向を向けるかどうかの問題です。

地域金融機関では、セキュリティ担当者がシステム運用、委託先対応、監査対応を兼ねていることがあります。監視や運用を外部に委託していても、お客さま影響をどう見るか、サービスを止めるか続けるか、どの時点で経営に上げるかは、自社で判断しなければなりません。通販事業者、カード会社、生損保会社でも同じです。ECサイト、会員ID、決済、代理店、コールセンター、マイページなど、お客さま接点が多いほど「止めにくい業務」と「説明責任」が同時に走ります。

ここで大切になるのが、連絡網と判断網の違いです。連絡網は「誰に知らせるか」を示します。一方、判断網は「どの情報を、誰が、どの権限で、どの場に持ち込み、何を決めるか」を示します。平時の連絡先一覧が整っていても、有事の判断網がなければ、会議は開かれているのに結論が出ないことがあります。

詰まりやすい点は三つです。第一に、初動判断です。障害なのか、セキュリティ事案なのか。初期段階で確定できないのは当然ですが、横断招集を始める発火条件が曖昧だと、動き出しが遅れます。第二に、役割分担です。誰が委託先と詰めるのか、誰が経営へ報告するのか、誰がお客さま対応や対外説明の準備を始めるのか。ここが不明確だと、各部門は動いているのに全体としてつながりません。第三に、経営報告です。「原因は調査中です」「影響範囲は確認中です」だけでは、経営層は何を決めればよいか分かりません。

有事の報告で重要なのは、完全な答えを出すことではありません。「分からない」を正しく上げることです。そのためには、初期状況報告を六つの欄に分けておくと実務に落とし込みやすくなります。

  1. 何が起きたか:アラート、異常な挙動、サービス影響などの現象
  2. 何が事実か:現時点で確認済みの情報
  3. 何が未確認か:推定と事実を分け、確認待ちを明示する
  4. 業務影響の仮説:止まる可能性のある業務、お客さま影響の可能性
  5. 今日必要な判断:封じ込め、業務継続、対外対応など
  6. 次回更新時刻:「分かり次第」ではなく、再報告の時刻

特に最後の「次回更新時刻」は、見落とされがちですが大きな意味があります。例えば「10時時点ではお客さま影響は未確認。ただし一部サービスに影響の可能性があるため、11時に再報告する」と決めるだけで、経営側の不安と現場側の混乱を抑えやすくなります。未確認を隠さず、未確認のままでも判断できる形に整えることが、有事の報告の質を高めます。

もう一つのポイントは、演習を「年に一度の大きな行事」だけにしないことです。四半期に一度、30〜60分でもよいので、「この時点の情報で誰を招集するか」「経営に何を決めてもらうか」「委託先からの回答が遅れたらどうするか」を確認します。大切なのは、正解を当てることではなく、判断の癖を見つけることです。演習で詰まった箇所は、規程や連絡先、報告様式を直す材料になります。

サイバー対策は、技術を増やすだけでは完成しません。技術対策、委託先、監視サービスを活かすには、それらから得た情報を判断につなぐ組織の型が必要です。連絡網を整えることは第一歩です。次の一歩は、判断網を整えることです。

強い組織は、「分からない」を隠す組織ではありません。「分からない」を正しく上げ、次に何を決めるかを共有できる組織です。小さな報告様式と短い演習の積み重ねが、有事に動ける組織をつくっていきます。

<参考情報・出典>
• 出典1:金融庁「金融分野におけるサイバーセキュリティ対策について」
https://www.fsa.go.jp/policy/cybersecurity/index.html
• 出典2:金融庁「金融分野におけるITレジリエンスに関する分析レポート」の公表について
https://www.fsa.go.jp/news/r6/sonota/20250630-2/20250630.html
• 出典3:金融庁「金融機関のサードパーティ・サイバーセキュリティリスク管理強化に関する調査」報告書等の公表について
https://www.fsa.go.jp/common/about/research/20260403/20260403.html
• 出典4:IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」
https://www.ipa.go.jp/security/10threats/10threats2026.html
• 出典5:JPCERT/CC「インシデント対応とは?」
https://www.jpcert.or.jp/ir/
• 出典6:金融庁の金融業界横断的サイバーセキュリティ演習に関する公的ポータル情報
https://security-portal.cyber.go.jp/curriculum/torikumi/kinyu_deltawall.html
• 出典7:NIST Cybersecurity Framework 2.0
https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/CSWP/NIST.CSWP.29.pdf

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