Jintec Special Dialog11
つなタイ-対談Let’s Move On!‐先に進もう‐
人と人をつなぎ、新しい価値共創から、幸福を追求する。(ジンテック 企業理念)
Jintec Special Dialog “Let’s Move On!-先に進もう-”は、各分野で活躍する識者をゲストにお招きし、当社 代表取締役 柳 秀樹と共に、これからの組織や社会、世界、さらには人々の生き方や幸福について深く掘り下げ、「本当に大切なもの」を浮き彫りにしていく対談シリーズです。
「皆さんと共に、すべての人が幸福な、新しい世界を創造していきたい。」
私たちはそう願っています。Let’s Move On !

Let’s Move On!‐先に進もう‐Dialog 11
竹本教育研究所 代表/原田メソッド認定講師 竹本 三保 氏
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株式会社ジンテック 代表取締役 柳 秀樹
■ファシリテーター:合同会社セルフディフェンスパートナーズ/縄文アソシエイツ株式会社 西田 千尋 氏
■対談日 2026年6月11日
第11回 Jintec Special Dialogのゲストは、女性海上自衛官のパイオニアとして33年間の勤務の後、高校校長や大学教育の現場で人材育成に取り組んできた竹本三保氏。「国防」と「教育」というミッションを追い続ける中で考え抜いた「人が育つ組織」と「自律を生み出すリーダーシップ」―。自衛隊、学校、企業という異なる現場に共通する「人が育つ組織の本質」について、当社 代表取締役 柳 秀樹と語りあいました。
「己の本分を尽くせ」―人生を支えるミッションとの出会い
西田:今日は大先輩とお話をさせていただくのを楽しみに参りました。竹本さんは10代の頃から、「国防」と「教育」を人生の二本柱として歩んでこられたとうかがっています。まずはこれまでの歩みをお話しいただけますか。
竹本:実は中学1年生くらいまでは自分が嫌で仕方がなかったんです。将来どう生きていくのか、自分は何のために生きるのか。その答えが見つからないことが苦しくて。今振り返れば「ミッション」を探していたのだと思います。その答えを見つけたのが中学2年生の時。日本は海に囲まれた国。だからこそ海を守ることが大切だ。そう思って、海上自衛隊を目指すようになりました。ところが、高校卒業後の進路を考え始めた時に、海上自衛隊と同時に、人を育てること-教育にも強く惹かれていることに気が付きました。そこで、大学では教育学を学ぶことにして、卒業後に海上自衛隊に入隊しました。進路については当時あれこれ言われましたけれど(笑)。隊員からというステップは叶いませんでしたが、幹部からスタートして33年間、自衛官として勤務しました。

西田:自衛隊での定年を迎えられてから、また新しい人生を始められたんですよね。
竹本:そうですね。56歳で定年を迎えた時、「もう一度ゼロから挑戦してみよう」「人生のもう一つの柱である教育に、本格的に取り組もう」そういう気持ちがわいてきて、幸いにも大阪府立高校の校長として赴任する機会をいただきました。教育現場の経験はほとんどありませんでしたから、本当にゼロからの出発でした。5年間勤務した後に、奈良県庁から声をかけていただき、今度は教育委員会事務局参与として3年間勤務することになりました。さらに、奈良女子大学に新設された工学部でキャリア教育に携わらないかというお話をいただいて、こちらは4年間の任期を終えたところです。
西田:竹本さんは10代で見つけた「国防」と「教育」という二本柱を、形を変えながら歩み続けてこられたわけですが、その姿はジンテックが大切にしている「変わらないために変わり続ける」という考え方とも重なるように感じます。柳さんは、今のお話をどのように受け止められましたか。
柳:当社も人材育成や人材教育をとても大切にしています。会社を動かしていくのは、結局のところ「人」だからです。組織は上から「ああしなさい、こうしなさい」と言ったからといって動くわけではありません。また、言われないと動けない組織でもいけない。その意味でも、一人ひとりが考え、自ら動けるようになるための教育はとても大事だと思っています。企業経営は数字が重要ですし、売上や利益はもちろん大切です。ただ、それだけが独り歩きしてしまうと、本来の目的を見失ってしまう。私たちの仕事はお客さまに満足していただき、その対価をいただくことであって、数字はその結果としてついてくるものです。だからこそ、一番大切なものを守り続けるためには、変わり続けなければならない。竹本さんのお話をうかがっていて、考え方に通じるものを強く感じました。
西田:軸を持ちながら、時々の環境や役割に応じて姿を変えていく。そうした柔軟さが求められているのかもしれませんね。そこで次にうかがいたいのが、「自律」というテーマです。竹本さんのご著書の中で、上司から受け継いだ言葉として「明るく爽やかに己の本分を尽くせ」が紹介されています。異動される際に「その言葉をください」とお願いされたというエピソードがとても印象的でしたが、竹本さんはその言葉のどこに惹かれたのでしょうか。また、「己の本分とは何か」を問い続けてこられた歩みについても、ぜひお聞かせください。

竹本:その方は陸上自衛隊だったんですが、この言葉を初めて聞いた時は、本当に衝撃を受けました。海上自衛隊では「有事即応」や「精強」といった言葉が指導方針になっていたので、「一体これはどういうことだろう」と強く心を動かされました。特に後半の「己の本分を尽くせ」という部分。自分の本分を見つけて、さらにそれを尽くせというのは、とても厳しい要求です。でも、だからこそ、自分が求めていたものとぴたりと重なって、異動される時に「その言葉を使わせてください」とお願いしました。私にとって「己の本分」とは、まさにミッション。自分が何者か分からず苦しかった時期がありましたが、ミッションを見つけた時に自分らしく生きられるようになった気がするんです。だから私は、組織の中でも一人ひとりが自分のミッションを意識して活動できることが大切だと思っています。校長になってからも、卒業式で「人は生まれたからには、きっとやるべきことがある。だから自分のミッションを見つけてほしい」と毎年話していましたね。
西田:ご著書の冒頭にも、「好きな言葉はミッションです」と書かれていますね。
竹本:そうなんです(笑)。ミッションがあるから頑張れる。そう思っています。
情報をオープンにすることで、人は自律的に動き始める
西田:校長時代には、朝礼でご自身の予定を教職員にすべて共有されていたそうですが、それもまた、自律的に動ける組織をつくるための工夫だったのでしょうか。
竹本:そうですね。人は情報が見えないとどうしても疑心暗鬼になります。校長が今どこにいるのか、何をしているのか分からない。それだけで不安になるものです。だから私は、「今日はここに出張しています」「この時間は学校にいます」と、自分の予定を全部伝えていました。とにかく隠さない。オープンにする。そうすると、それぞれが自分で判断しやすくなりますし、「この人は何でも隠さず話してくれる」と安心してくれるので、さまざまな情報をシャワーのように伝えていました。もちろんそのすべてが全員に必要な情報ではありませんが、自分に関係があると思った人が受け取ればいい。そうやって情報を開いていくことで、主体的に動きやすくなって、組織も変わっていったように感じています。
西田:柳さんは経営者として組織の自律を促すために心がけていることはありますか。
柳:一つは、やはりオープンにすることですね。私もスケジュールは基本的に公開しています。私はどちらかというと強く引っ張るタイプではなくて、フォロワーシップマネジメントを大切にしてきました。自分が活躍することよりも、周囲の人たちがどう活躍できるかを考えています。そのためには、次に何をやろうとしているのか、何を考えているのかをできるだけ共有することが大切だと思っています。私たちはよく「意図を汲み取る」と言うんですが、トップの考えや行動が見えていると、メンバーも次に何が起こりそうかを想像できます。「あの人に会っているということは、こういう動きがあるかもしれない」「今の流れなら、自分はこう準備しておこう」と、自分で考えて行動できるようになるんです。そういう意味でも、情報を共有することは、メンバー一人ひとりがリーダーシップを発揮するための土台になると思っています。

竹本:似ていますね。
西田:自衛隊では「意図取り、意図伺い」という考え方がありますよね。企業ではあまり聞かない考え方ですが、お二人のお話には共通するものを感じます。
竹本:学校にはさらにそういう文化がないように思います(笑)。校長として赴任した時「学校には命令という言葉はありませんから」と言われました。「自衛隊出身の校長がきた」って戦々恐々としていたのかもしれませんね。もちろん自衛隊には命令が必要な場面もありますが、私はみんなの話を聞きながら方向を決めていくスタイル。だから、学校でも「こうしなさい」と言ったことは一度もありません。その代わり「私はこう考えています」「こうしたいと思っています」「なぜならこうだからです」という話を繰り返し伝えていました。校長不在時にも、判断をしなければならない場面はあります。そんな時に、「校長ならこう考えるだろう」と想像できれば、大きな混乱を防ぐことができますし、結果として、各自の主体的な判断にもつながっていったように思います。
社員が自律的に考え、動く組織にするには
西田:ジンテックでは、社員の皆さんが集まって対話する機会も大切にされていますよね。それも柳さんの考えから生まれたものなのでしょうか。
柳:そうですね。私が常に正しい答えを持っているわけではありませんから。自分の考えは伝えますが、反対意見や違う考えがあれば遠慮なく言ってほしい。もちろん、いつまでも平行線の議論を続けるわけにはいきませんから、最終的にはトップが判断します。ただ、その過程で自分も意見を出した、自分なりに納得したという感覚があれば、決まった後はみんなで前に進んでいける。そこはとても大切にしています。
西田:お二人とも、意図を共有しながら、自律的に動ける組織づくりを実践されているように感じます。振り返ってみて、「組織が自律的に動き始めた」と実感した出来事はありましたか。
竹本:私が「こういうことをやりたい」と話すと、教職員から「それなら私はこう思います」「こうしたらどうでしょう」という意見が出てくるようになった時ですね。その中に良いアイデアがあれば、「それ、やりましょう」と即採用です(笑)。職員会議でも提案をして、特に反対がなければすぐ動く。実際、それによっていろいろなことを変えることができました。例えば、私が校長を務めていた狭山高校では、女子生徒が少なくて。理由は制服が嫌いだからと。当然生徒からは不満の声が上がっていて、教員からも同じ意見が出ていましたが、長い間そのままだったんです。ところが、皆で考え、動いたことで、とうとう制服が変わりました。私にとっては「山が動いた」ような出来事でしたね。

西田:意見を言いやすい環境があったからこそ、その変化が生まれたのですね。
竹本:そうだと思います。意見を言わない、もしくは言えない人もいたかもしれませんが、以前よりはずっと、言いやすい雰囲気にはなっていたと思います。
西田:柳さんはいかがですか。
柳:私が実感したのは、システム障害時のお客さま対応ですね。お客さま対応はチーム戦。サッカーで全員が同じ場所に集まっていたら試合にならないのと同じで、それぞれが役割を理解して動かなければ仕事になりません。そこで、何かが起きた時にどう連携するのか、役割分担やフォーメーションの想定にずっと取り組んできました。すると次第に、私が細かく指示を出さなくても、各部署が自ら判断して動けるようになってきたんです。もう一つ印象的だったのは災害対応です。私たちは東日本大震災をきっかけに、被災地域の金融機関さまに対して、自社サービスの一部を無償提供する取り組みを続けてきましたが、最初の頃は「お世話になっている地域が困っているのだから、何か支援しよう」と私から発信していました。でも今では地震や豪雨災害などが発生すると、社員の方から自然と動き始めます。台風や大雨のように事前に予測できる災害であれば「こういう影響が出るかもしれません」「その場合はこう対応しましょう」と、自ら情報を集めて提案してくれるようになりました。そういった姿には、ジンテックのミッションが浸透していることを感じて嬉しくなります。お客さまが困った時に、自分たちはどう動くべきか。それを一人ひとりが自分事として考え、行動できるようになってきた。その変化はとても大きいですね。
西田:お客さまと、その先にいる顧客をつなぐ。ジンテックが大切にしてきた軸が、経験の積み重ねを通じて組織の中に根付いていますね。
視座を上げると、仕事の意味が見えてくる
西田:ここからもう少し踏み込んで「人を育てる」という観点でお聞きしたいと思います。人が自律的に動くために最も大切なものは何だと思われますか。
竹本:まずは組織の目的や目標をしっかり理解していることだと思います。そのうえで、自分自身が「こうしたい」「こうやってみたい」という思いを持っていることですね。内発的な思いを上司と共有できていれば、あとは自分なりのアイデアや工夫を加えながら実現していけばいい。その点で、陸上自衛隊との仕事はとても印象的でした。ある事案で調整に行くと、最初は幹部同士、こちらが2佐ならあちらも2佐か3佐が出てきて話をする。でも途中から「担当と代わります」と言って下士官の2曹が出てくるんです。最初は驚きましたが、それだけ仕事を下に任せているということなんですね。海上自衛隊では階層ごとに役割が分かれていますが、陸上自衛隊はどんどん権限を下ろしていく。任せることで幹部には考える時間ができるし、人も育つ。だから私自身も、その後はできるだけ仕事を任せるようにしていました。
西田:現場に権限を渡すことで、人が育っていくということですよね。柳さんはいかがでしょうか。社員が「もっとやりたい」「もっと挑戦したい」と思える組織にするために、人材育成で大切にしていることはありますか。
柳:私がよく社員に話しているのは、「視座・視野・視点」の三つです。視座を上げる。視野を広げる。そして視点を定める。特に大事なのは視座ですね。自分の仕事だけではなく、上司の立場だったらどう考えるだろう。その上の立場ならどう判断するだろう。さらに会社全体として見たらどうだろう。そういう視点を持ってほしいと伝えています。よく「石を積む人」の話がされますが、石を積むことが仕事だとしても、その石は石垣になり、その先には城ができる。自分の仕事が組織全体の中でどんな意味を持っているのか。その視座を持つことが、自律につながると思うんです。もう一つは「ボスマネジメント」という考え方。日本では上司と部下の関係において、部下が上司をあまり信頼していないという調査結果があります。事実かどうかは別として、それでは少しもったいないと思うんです。だから、社員にはむしろ上司をうまく使うくらいの意識を持っていてほしい。自分から提案したり、上司が判断しやすい形で動いたりすれば、結果として自分自身の裁量が広がります。私はそれこそが自律だと思っています。どうせ同じ時間を使うのであれば、受け身でいるよりも、自分から仕事を面白くしていった方がいい。その方が充実感もありますし、成果にもつながるのではないでしょうか。

竹本:よく分かります。
西田:お話を聞いていて、自衛隊時代を思い出したのですが、昔は内線電話で、他の部署と調整していた際、「上司に聞こえるように話せ」とよく言われたものです。上司が席にいるなら、その場で状況が伝わる。つまり報告が終わっているという考え方ですね。今思えば、あれも一種のボスマネジメントだったのかもしれません。
竹本:そうですね。賢い人は皆、上司をうまく使っています。自分がやりたい方向へ上司を向かせる。任せたと言ってもらえれば最高です。そういえば、幕僚時代に面白い上司がいました。全く違う二つの案を持って相談に行った時に、「どちらでもいい」と言われたんですね。当時は「決めてくださいよ」と思いましたが、後になってその上司はやる気がなかったのではなく、視座がずっと高かったのだと気付きました。私には大きく違う二つの案に見えていても、その上司から見れば大局的にはどちらでも支障がない。だから「どちらでもいい」と言ったんですね。当時は分かりませんでしたが、とても印象に残っています。
西田:視座を上げることの大切さですね。柳さんは、ご自身の判断軸をどのように持たれているのでしょうか。
柳:私は一貫して、お客さまへの貢献にフォーカスすることです。判断に迷った時はいつも「お客さまだったらどう感じるだろう」と考えます。例えば会社に電話をした時に、なかなかつながらないことがある。もちろん事情はあるのでしょうが、私は「自分がお客さまだったら、もう電話したくなくなるな」と考えて、社員に伝えます。案件についても同じです。利益が出るのかどうかで判断するのではなく、お客さまにとって価値があるかどうか。会社の方針に沿っているかどうか。ぶれずにそれを基準にしているので、実はあまり迷わなくてよいのです。
性差から個人差へ―これからの組織に求められるもの
西田:続いて、「女性の活躍」について伺っていきたいと思います。竹本さんは、「女性は船に乗せない」と言われていた時代の海上自衛隊で、22回の転勤を経験し、さらに5回もの部隊指揮官を務められました。私は防衛大学校の女子3期生で、竹本さんはもう本当に偉大な先輩ですが、その道のりを支えていたものは何だったのでしょうか。

竹本:一つは、14歳の頃に見つけた自分のミッションですね。何を言われても、それだけはぶれませんでした。そしてもう一つは、家族の理解です。仕事優先でいいと協力してくれたことは、とても大きかったと思います。それから、自分自身のミッションも途中で広がっていきました。私の時代は女性は船に乗れませんでしたし「それはできない」「これはできない」と言われることもたくさんありました。だからこそ、後輩には同じ思いをさせたくなくて、当たり前に挑戦できる環境をつくることが新しいミッションになったんです。そのためにも、自分自身が部隊指揮官にならなければならないと思いました。結果として5回指揮官を務めることになりましたが、当時としてはかなり異例だったと思います。
西田:5回の指揮官経験を通じて、ご自身のリーダーシップに変化がありましたか。
竹本:変わりましたね。最初の着任時は、曹長、准尉といった経験豊富で私よりも年上の隊員たちの整列を前にして、「まずはこの人たちにこちらを向いてもらわなければ」と思っていました。もうみんな全然こっちを向いていなくて(苦笑)。ところがある時、少し心の不調を抱えていた50歳くらいの隊員が時間になっても帰ってこなかったんです。もちろんルール上は報告しなければなりません。周囲は皆そわそわしていましたが、私は「大丈夫です。必ず帰ってきます。責任は私が取ります」と言いました。面談をしたときに「遅れても絶対に帰ってくる」と感じていたし、もし違っていたら私が謝ればいいだけですから。その隊員はちゃんと帰ってきてくれて、みんなでほっとしました。その出来事を境に、隊員たちの私を見る目が変わったように思います。「この人は、いざという時に自分たちを守ってくれる」そう感じてくれたのかもしれません。
西田:私自身も、任官してから10年ほどは葛藤していました。周囲の指揮官は全員男性でしたし、「リーダーらしさ」とは何なのだろうと考え続けていたんです。でもある時、隊員は私が女性か男性かを見ているのではなく「この人は責任を取ってくれる人なのか」を見ているのだと気付きました。先ほどの竹本さんのお話を聞いていて、その時のことを思い出しました。
竹本:そうなんです。皆、自分に降りかかったらどうしようと思うから不安になる。でも、「大丈夫です。責任は私が取ります」と言ってくれる人がいると安心できるんですよね。
西田:改めて、女性の活躍というテーマについてお聞きしたいと思いますが、柳さんはこれまで、どのように向き合ってこられましたか。
柳:20年ほど前、私が経営に関わり始めた頃のジンテックは、今よりもずっと男性が多い会社でした。現在は男性6割、女性4割くらいの構成になっていますが、やみくもに「女性を増やそう」と考えていたわけではないんです。私自身、男性だから、女性だからという違いはあまり感じていなくて。女性の方が優秀だと感じる場面も少なくありませんし。一方で、女性活躍というテーマを考える時、どうしても避けて通れないのが出産や育児です。男性の育休取得が増えたとしても、実際に出産をするのは女性ですし。ですから、会社として産休・育休後の復帰支援には試行錯誤を重ねてきましたし、これからも考え続けなければならない課題だと感じています。個人の人生や家庭は大切ですが、出産によって優秀な人材のキャリアが停滞してしまうのはもったいないとも思います。会社としてもその力を活かし続けたい。だからこそ、ライフイベントとキャリアをどう両立できる環境をつくるか。それが今後ますます重要になっていくと思っています。
西田:10年後、企業や社会において「女性が活躍している状態」とは、どのような姿だと思われますか。
竹本:10年後にはAIやロボットがもっと社会に入ってきているでしょうから、男性か女性かという議論自体が今ほど大きな意味を持たなくなっているかもしれません。人にはそれぞれ得意なことや向いていることはありますし、男女の違いもあるでしょう。でも、それはお互いに補完し合えばいいので、機会自体は平等であるべきだと思っています。むしろこれからは、人とAIがどう共存していくかという視点の方が大きくなるのではないでしょうか。特に男性は「自分たちが社会を動かしている」という前提では立ち行かなくなる時代が来るのではないでしょうか。

西田:確かに、今の社会にはまだ男性中心の仕組みが残っているようにも感じます。
竹本:そうですね。まだありますね。
西田:自衛隊も力の有無で男女を分ける時代ではなくなってきています。力はチームで補完できますし、船にも当たり前に女性が乗るようになりました。
竹本:そうですね。これからは性差よりも個人差になっていくのだと思います。一人ひとりが自分の強みを活かしながら、自分にできることをやる。そういう時代になるといいですね。
西田:柳さんはいかがですか。
柳:私も女性が力を発揮する場面は本当に多いと思っています。例えば部署横断で進める社内システムの刷新プロジェクトで各部門からリーダーを選んだら、全員女性だったこともありました。もちろん個人差はありますが、物事を丁寧に整理したり、関係者を巻き込みながら進めたりする力は、女性の強みだと感じることもあります。
西田:コミュニケーションを取りながら周囲を巻き込んでいく力は、確かに女性の特徴としてありますよね。
竹本:時代も変わっていますからね。右肩上がりの成長を前提に、「黙って俺についてこい」で組織が動く時代ではなくなっています。むしろ共感しながら人を巻き込める人がリーダーになっていく時代だと思います。
「らしさ」を継承していくために大切なこと
西田:続いて「らしさの継承」というテーマについて伺いたいと思います。竹本さんが校長を務められた狭山高校では「チームさやま」として大阪府優秀教員賞を受賞され、その取り組みがその後、文部科学大臣賞へとつながっていきました。
竹本:3年目に個人で、5年目には団体で大阪府優秀教員賞をいただいたんですが、文部科学大臣賞は私の次の校長が受賞しました。教育委員会から「上申しませんか」と言われてエントリーをしたんですが、次の校長はほくほくして「竹本さんのやってきたことをつぶさないです」と言っていました(笑)。
西田:組織改革には大変なことが多々あったのではないかと思いますが、変化していく過程で、特に印象に残っていることはありますか。
竹本:やってきたことで一番大きかったのは授業改善ですね。赴任した当時はいわゆる一斉授業が中心で、教室にはプロジェクターもスクリーンもあるのに、活用している人がほとんどいなかったんです。ですので、いろいろな策を練って実行しました。良い実践を職員会議で紹介したり、授業公開月間をつくって自由に授業を見に行けるようにしたり。そうすると紹介した授業を次々と見学に行くんです。「やる気がない」のではなく「やり方が分からなかった」のだなと。授業改善が進むにつれて、生徒アンケートの結果も上がっていきました。そして何より職場の不安感が減っていったように感じます。情報をオープンにすることとの相乗効果もあって、安心感が組織の中に広がっていったんですね。そうした積み重ねの先に、「チームさやま」という考え方が生まれました。大阪府優秀教員賞に応募する際も、チーム全員の名前を書いて申請しました。教育委員会から「人数を絞れませんか」と言われましたが、「それでは意味がありません」と。みんなでつくった成果だったからです。

西田:まさに積み重ねの結果だったのですね。
竹本:そうですね。最初から賞を目指していたわけではありませんが、4年目くらいには組織がかなり思い描いた方向に動き始めていて、5年目はそれを磨き上げる期間でしたね。ですから私にとっては、賞そのものよりも、校長の改革が実を結び、継承されたことの方が大きかったですね。
西田:れは素晴らしいですね。その後は奈良県教育委員会、そして原田メソッドなど、人材育成の活動をさらに広げていかれますが、その根底にはどのような思いがあるのでしょうか。
竹本:やはり人を育てることですよね。日本の将来のためにも人を育てなければいけない。私は知識だけを詰め込む教育には限界があると思っています。大切なのは非認知能力です。挑戦する力、人と関わる力、自分で考える力。そうしたスキルは体験を通じてしか育ちません。
西田:柳さんはいかがでしょうか。ジンテックも新卒・中途を含めて多くの仲間を迎えています。「ジンテックらしさ」を継承しながら、新しい風を取り入れるために意識されていることはありますか。
柳:ジンテックらしさは長い時間をかけて形づくられてきましたが、でき上がったものに固執してしまうと、時代遅れになったり、環境変化に対応できなくなったりという弊害もあります。だから新しく入ってきた人には、まずジンテックがなぜ今の形になっているのかを丁寧に伝えた上で「違うと思うことは遠慮なく言ってほしい」とお願いしています。ジンテックには大切にしていることがあって、それを実現するために形成されてきた独自文化がありますが、新しい人たちが持っている視点も大切です。自分たちのやり方だけを押し付けてしまうと、変化に対応できる組織ではなくなってしまいます。
西田:竹本さんは自衛隊と学校という、一見異なる組織を経験されていますが、共通するものはありましたか。
竹本:ありますね。私は「学校も自衛隊も塀の中ですよ」と話していました(笑)。どちらも放っておくと内向きになりやすい。だから外の世界を意識し続けることが大事なんです。そのために私も、新しく来た教員に「3カ月以内に、この学校の変だと思うところを教えてください」とお願いしていました。外から来た人だからこそ見えることがありますからね。実際に、なるほどと思う意見をたくさんもらいました。組織には、そうやって少しずつ修正し続けることが必要だと思います。
責任を引き受ける覚悟と仲間の信頼―リーダーのあり方とは
西田:最後に、リーダーのあり方について伺いたいと思います。竹本さんのご著書の中に、「それぞれの職場で出会った仲間を大切にし、生死を共にする部下と巡り合うこと。それが自衛官、ひいてはリーダーの究極の目標ではないか」という一節があります。長い自衛官人生を経て、その考えに至った背景をお聞かせいただけますか。

竹本:自衛隊は究極的には戦いがあり、命を懸ける場面もあり得る組織です。そう考えた時、最後の最後に「この人に言われるならやろう」と思ってもらえる人間でありたいと思ったんです。それが私にとっての理想のリーダーでした。
西田:まさに統率ですね。
竹本:そうです。結局は人間力。だからずっと「自分自身を磨き続けなければならない」と思っていました。ベトナム戦争では、部下から撃たれて命を落とした若い将校もいましたが、そういう話を知るたびに、絶対にそうなってはいけないと思ってきました。部下との信頼関係を築くためにも、自分を磨き続けなければならない。私はそれを「魂磨き」と呼んでいます。
西田:「魂磨き」ですか。非常に印象的な言葉ですね。柳さんにとって、リーダーとして目指す姿とはどのようなものでしょうか。
柳:一つだけぶれないでいようと思っていることがあります。それは、最後の責任は自分が取るということ。部下が安心して意見を言ったり、自分で判断したりするためには、「最後はトップが責任を取る」という信頼が必要だと思うんです。経営を引き継いで間もない頃、会社にとって大きな危機がありました。苦しい状況の中で、会社を去った人もいた一方で、残って一緒に戦ってくれた人もいました。もしかしたら乗り越えられないかもしれない。失敗するかもしれない。それでも挑戦し続けるしかない。そんな状況の中で、一緒に残ってくれた仲間たちは、私の姿勢を見てくれていたのだと思います。だからこそ今は、「最後は自分がいるから大丈夫だ」と思ってもらえる存在でありたい。船に乗ったからといって、必ず目的地に着けるとは限りません。でも「このメンバーと、この船ならきっと進んでいける」。そう思ってもらえることが、リーダーにとって大切なのではないかと思っています。
西田:まさに羅針盤であり、原動力でもあるということですね。最後は責任を引き受ける覚悟と、仲間からの信頼。お二人のお話を伺っていると、立場や組織は違っても、リーダーに求められる本質はどこか共通しているように感じます。まだまだお聞きしたいことは尽きませんが、最後にお一人ずつ、メッセージをいただければと思います。まずは竹本さんからお願いします。
竹本:柳さんとお話をさせていただいて、根っこの部分はとても似ていると感じました。組織は違っても、大切にしていることは同じだと思います。私も、これからもぶれずに歩んでいきたいと思います。
西田:ありがとうございます。柳さんはいかがでしょうか。
柳:竹本さんとは2年ほど前に初めてお会いしました。ご著書を読んでいたので、講演会の講師としてお名前を見つけた時に「ぜひお話を聞いてみたい」と思ったのがきっかけです。その時から、いつかこうして対談をお願いしたいと思っていました。今日改めてお話をうかがって、やはり共感する部分がたくさんありました。当社の企業理念にもありますが、私自身が理想としているのも、社員をはじめ、ジンテックに関わるすべての人が幸福であることです。会社は利益を生み出すだけの存在ではありません。社員が幸福であり、お客さまが幸福であり、そして取引先や関わる方々も含めて、ジンテックと接することで少しでも前向きな気持ちになれる。そんな存在でありたいと思っていますし、そのために努力を続けていきたいと思っています。

西田:企業、自衛隊、公教育。それぞれ異なる現場で活躍されてきたお二人のお話を伺ってきましたが、組織や立場が違っても、リーダーに求められる本質には多くの共通点があることを感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。
竹本: ありがとうございました。
柳:ありがとうございました。

【対談パートナー】
竹本 三保 氏
竹本教育研究所 代表
原田メソッド認定講師
1956年京都府生まれ。奈良女子大学卒業、防衛省海上自衛隊幹部候補生学校入校、任官後、33年間に22配置で勤務。女性の職域開放の理念「男女区別平等論」を発表し、後輩女性自衛官の活躍の場の開拓に尽力。システム通信幹部として、部隊指揮官を5回経験しリーダーシップを発揮。1等海佐として自衛隊青森地方協力本部長を経て中央システム通信隊司令を最後に退官した。
第二の人生として、大阪府が公募する民間人校長採用試験に合格し、2012年から大阪府立狭山高等学校長として5年間勤務、「授業改善」「さやまグローカル」を始めとする改革に尽力し、大阪府優秀教員賞受賞(個人・団体)。
その後、奈良県教育委員会事務局参与を3年間務め、「竹本教育研究所」を設立、「原田メソッド」の認定資格を取得し、2022年から新設された奈良女子大学工学部で「キャリア教育」を担当する。
竹本教育研究所では、講演、研修等様々な依頼に応えつつ、2024年から「寺子屋塾GRIT」として、「目標実現」「自己プロデュース」「リーダーシップ」等生き方、あり方のセミナーを開催している。
著書は、『任務完了』、『56歳の青春宣言』、『国防と教育』等多数。

【ファシリテーター】
西田 千尋 氏
高知県出身。
防衛大学校人文社会学部第42期・女性第3期生として卒業後、航空自衛隊に入隊。24年にわたり総務・人事業務を中心に従事し、隊員・家族の福利厚生制度の設計や航空自衛隊初の託児施設開設に携わった他、入間基地では約80名規模の隊員を率いる業務隊長を務めた。
在職中から「ハンサムウーマン」「霞ヶ関女子」など国家公務員・公安職の女性キャリア支援組織を立ち上げ。2017年にこれらを統合し「Woman In Public Section(Wips)」の代表に就任。参加者は延べ1,600名以上を動員。
2020年2等空佐で退官後は、縄文アソシエイツ株式会社コンサルタントとしてエグゼクティブサーチと価値ある出会いを提供している。
また2024年には合同会社セルフディフェンスパートナーズを設立。自衛隊で培った危機管理・マネジメント経験を活かし、リーダーシップや組織づくりをテーマとした講演や研修も多数行っている。
