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本人認証は通った。それでも見抜きにくい ― 詐欺時代に問われる「取引の意思」の守り方(第30回)

名和利男 コラム

こんな場面を想像してください。電話やSNSの相手から「資金を守るため、いま手続きが必要です」と急かされ、お客さまが正規のアプリを開き、自分で認証し、送金操作を完了する。後になって詐欺だと気づいても、認証記録を見れば、登録された認証手段による処理が成功した取引です。

認証情報が盗まれたのではありません。犯罪者が不安と時間的な圧力を利用し、お客さまの判断を誘導したのです。

認証結果だけでは、取引を止めるべき兆候をつかみにくい場合があります。また、事業者が人の内心を判定できるわけでもありません。捉えられるのは、第三者の指示が介在した可能性を示す兆候です。以下、これを「詐欺に誘導された本人取引」と呼びます。

認証が正しいのに、取引が間違う

これまでの不正対策は、「操作しているのは誰か」を確かめることに力を注いできました。パスワードだけに頼らず、適切に実装されたパスキーなど、フィッシング耐性のある認証を使う。認証情報を盗んだ第三者の侵入を防ぐうえで、こうした対策は不可欠です。

一方、正規のお客さま自身に操作させる詐欺も深刻です。電話やSNSで急かし、正規の画面で操作させる。認証手段がいつもの端末や接続環境で使われれば、アクセスだけでは異常が見えにくい場合があります。だからこそ、認証結果と取引の文脈を分けて見る必要があります。

警察庁の暫定値によると、2026年上半期の特殊詐欺は2万2,031件、被害額は1,816.2億円でした。2026年からは、SNS型投資詐欺とSNS型ロマンス詐欺も含む集計です。これはサイバー攻撃や本人操作の送金だけの統計ではありません。一方、金融庁は、被害者本人がだまされていることに気づかないまま、多額の資金を送金する事例が多いと指摘しています。

ここで区別したいのは、二つの問いです。

「登録された認証手段による処理が成功したか」

「その取引は、誰の指示で、何の目的で行われているか」

認証が直接答えるのは、主に一つ目です。二つ目を見るには、取引そのものに目を向ける必要があります。

認証結果に、取引の文脈を重ねる

手掛かりは、金額だけでは捉えにくい違和感です。初めての送金先を登録した直後に限度額を引き上げ、高額送金を行う。短時間に操作が重なる。過去の利用傾向や届け出内容と大きく異なる。こうした変化を、一つだけで決めつけず、組み合わせて見ます。

この考え方は、カード、通販、保険にも応用できます。会員情報の変更と利用承認、配送先の変更と出荷、支払先口座の変更と支払いを、一連の流れとして見る。本人が認証した操作でも、複数の兆候が重なれば、追加確認や短い保留を入れるという応用です。

ただし、普段と違うという理由だけで、直ちに不正と決めつけてはいけません。旅行、住宅購入、相続など、正当な事情で取引は変化します。異常を探す仕組みの役割は、お客さまを疑うことではなく、確認が必要な瞬間を見つけることです。

危険な取引だけに、一拍置く

すべての取引に同じ制限をかければ、利便性を損ない、急ぎの正当な取引まで妨げます。必要なのは、危険度が高い場面にだけ、あえて時間やひと手間を加える「摩擦」を入れることです。

例えば、新しい送金先の登録や利用限度額の引上げに続く高額送金では、追加確認を行う。複数の兆候が重なった取引は一時保留し、今回の操作より前から登録されている連絡先へ、事業者側から別経路で確認する。

金融庁は2026年7月、取引額・頻度、アクセス環境、取引の背景などを組み合わせた検知と、疑わしさに応じた顧客確認・取引制限の重要性を示しました。金融庁と警察庁は8月、業界団体を通じ、すべての暗号資産交換業者に、出庫先の事前登録、登録後の出庫制限、取引・アクセス環境の監視などを組み合わせるよう要請しました。後者は銀行等にそのまま適用されませんが、防御を重ねる考え方は参考になります。

「この取引で間違いありませんか」だけでは、犯罪者から答え方まで指示されているかもしれません。「誰かと通話しながら操作していませんか」「急ぐように言われていませんか」と尋ねる。ただし、一つの答えだけで決めず、取引の兆候、別経路の確認、一時保留、担当者の判断を重ねます。

着信通話をいったん終えてもらい、今回の操作より前から登録された番号へ事業者側から折り返す。あるいは、カードや公式アプリの窓口へ、お客さま自身にかけ直してもらう。第三者の会話から離れ、考え直せる条件をつくるのです。

「本人ですか」に、もう一つの問いを

摩擦をどこに置くかは、技術だけでは決まりません。確認を増やしすぎれば、お客さまの不便や業務負荷が大きくなります。どの取引なら待っていただくのか。誤って止めた時、正当な取引をどれだけ早く通せるのか。これは、損失防止と顧客体験を一緒に扱う経営上の設計です。

次の経営会議では、こう尋ねてください。「登録された認証手段を通過した取引で、お客さまが誰かの指示に従っているとき、私たちはどの兆候を捉え、どの段階で取引を一度保留し、どの安全な経路で確認するのか。」

対応が認証と一般的な注意画面だけなら、確認できているのは登録された認証手段の通過までです。本人認証の先に、取引の背景を確かめる仕組みを置く。それは、だまされているお客さまを孤立させないための一つの方法です。

※本内容の引用・転載を禁止します。

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